雨の日
六月の雨ってのは、どうにも鬱陶しい。
春と夏の境のような季節は暑くもなく、かといって寒くもない。だというのに雨に濡れると肌寒さを感じてきやがる。そのまま冷房のある場所なんかに行けば凍えるような寒さに変わっていき、やがて歯の根があわないほど震える羽目になる。なら外に居ればいいか、といえば、そうでもない。夏の準備を始めた都会の空気は生温く、逃げ場のない風がベタベタと肌を撫であげてきやがる。春のような、夏のような。曖昧な季節は俺を無邪気に振り回す。正直言って不快だ。梅雨ってのはどうにも好きになれない。
「あっ」
「雨か」
「まいったな……」
ポツポツ、と。くすんだ白色のコンクリート壁にダークグレーの水玉が生まれていく。やがてその模様は広がっていき、壁一面を濃く染め上げてしまった。
雨は、突然だった。
村雨と二人、買い出しの為に近くの商店街まで歩いて来ていて、あとは帰るだけ、なんてタイミング。最悪中の最悪だ。
「足止めを食らったな」
隣で村雨が、雨空を見上げながら呟く。声は平坦で、ただ事実を述べただけのようだった。
「……ったく、後は帰るだけだっつーのによ」
両手にあった買い物袋を抱え直す。耐えられないほどの重さじゃないが、ずっと抱えていれば当たり前に不便を感じる。
そもそも普段であれば車を出すし、こんな近場の商店街などに来たりはしない。冷蔵庫の食材が足りない、なんて不備も起こるはずがないし、家に置いていないモノが食べたくなる、なんてこともなかった。生活の全てを自分で管理している。変数なんてあるはずがない。そう、こんな所で足止めを食らっている、なんて変数があるはずないのだ。前までは。
色々なことが変わった。
村雨たちと連むようになってから、俺の生活は大きく変わった。生活だけじゃない、思考も、感覚も。だからか、以前までの俺なら下らないと感じ吐き捨てるような時間が増えたように思う。
けど最近は、そんな時間も悪くない、なんて思ったり。まあ、今はそんな時間に振り回され、足止めを食らってるんだが。
「……降り止むようには見えんな」
「……だな」
はあ、と。溜め息を吐きながら叶にメッセージを飛ばす。勿論、帰るのが遅れる、だ。家で待っているであろう三人の中で、わざわざ車を出してまで迎えに来てくれる奴はいないだろう。天堂なら頼めば来てくれそうだが、後々求められるであろう見返りが怖い上に免許を持っているかすら知らない。それに天堂は、無免許でも車を運転してきそうな危うさがある。つまり、アイツらに期待するだけ無駄って事だ。
ポン、と携帯から受信の知らせが鳴る。了解、と叶から短いメッセージが返ってきていた。やっぱり迎えに来てくれる気はないらしい。
雨空を見上げる村雨に倣い、俺も空を仰いだ。雨足は強くないが、傘を差さずに歩けばずぶ濡れにはなるだろう。はあ、と二度目の溜め息を吐く。跳ねた雨が足を濡らしていた。不快に眉を顰める。俺たちは傘を持っていない。傘を持ってないってだけで、なんだか無人島に置き去りにされた気分だった。
「村雨」
「なんだ」
同じく無人島に置き去りにされた村雨が、無表情のまま返事する。この男は今日も頭のテッペンから足の先まで真っ黒で、曖昧な気候も相まってジメジメとした雰囲気を纏っていた。
「どっか入ろうぜ」
「甘いものを所望する」
「あー、じゃあ、喫茶店とか?」
提案すれば、ではあそこにしよう、と白く長い指が俺の背後を指差した。指の先を追う。振り返れば全国チェーンのコーヒーショップが視界に入った。
「多少は長居してもよさそうだ」
「ああ、確かにな」
商店街の中にあるせいか、客入りはまずまずといった具合だ。待つことなく座れるだろうが、いい席に座れるかは賭けになるだろう。まあ、外に居続けるよりはマシか。
俺たちは雨宿りのため、ガラス戸を押し、冷房の効いた店内へと足を踏み入れた。
席選びに失敗した。空調の真下だ。まだ凍えるほどじゃないが、注文したコーヒーが冷めるのは早いだろう。
窓際の席だった。選んだ理由は、そこまで長居をするつもりがなかったからだ。雨が止めばすぐにでも帰ろう、というのが俺と村雨の考えだった。
村雨の席は大丈夫だろうか。視線をそちらにやれば、荒く砕いたナッツとチョコレートソースのかかった小ぶりのパフェをスプーンで突いていた。アイスに刺さっているウエハースが崩れ、グラスの縁へと寄りかかるように倒れる。コン、と軽い音が耳に届く。
少なくとも、村雨の席は寒くはないらしい。
なんだか、こんな光景をさっきも見たような気がする。そう、買い出しに行く前だ。
「……オメー、家でもケーキ食ってなかったか?」
キョトン、とした顔で村雨が俺を見る。なに当たり前のことを聞いているんだ、とでも言いたげだ。
「そうだが、なにか文句でもあるのか?」
「いや、文句はねえけど」
そもそも、村雨の食欲に文句を言える立場でもない。それにコイツは、誰かに食うことを止められてもあーだこーだと言いくるめて自分の欲を優先するだろう。何度注意をしたって、冷蔵庫からハムを盗むのだし。
「その、オメーって見かけによらず、よく食うよな」
「そうだろうか」
真経津もよく食べているだろ、と村雨がスプーンの上に小さなパフェを作りながら言った。器用な男だ。
前に真経津と飯を食いに行った時のことを思い出す。よく食べると言われれば、そうかもしれない。普通の量だと言われれば、そうだとも思える。そもそも二十代前半の男と、来年で三十路になる男の胃を同じ土俵に上げていいものなのだろうか。
二人揃って同じだと確かに言えるのは、食事の席でもああしろ、こうしろ、と要望が多くて煩いことぐらいか。
ガキみたいに笑う真経津を思い浮かべる。やっぱり村雨ほど食ってはなかったな。
「……いや、やっぱよく食う方だって、オメーは」
はて、と村雨が小首を傾げる。時々、この男はこういう子供っぽい仕草をする。多分、本人に自覚は無い。それにコイツのガキみたいな仕草に一々引っ掛かってるのは、きっと、俺だけなんだろう。
コーヒーを啜る。空調の真下だったが、コーヒーはまだ温かかった。
「……それ」
「なんだ」
「あ、いや」
無意識に出てしまった声に、気にするな、と手を振った。だけど村雨の視線は俺を逃してはくれず。顕微鏡よりも優秀な目が、言葉の先を促すようにじっと診てきた。
「一口欲しいなら私は構わないが」
「欲しいなんて言ってねえだろ」
「私の前で嘘を吐くつもりのようだな」
「あ、あのなあ」
「愚行だ、とだけ言っておこう」
コツ、と。ガラスの器とスプーンがぶつかる音がした。パフェの山が削られ、溶け崩れる。形の整った村雨の口へと崩されたパフェが運ばれていく。
「……それ、うまい?」
「言いたかったのはそれか?」
違うんだろ、と。古い映画に出てくる尋問官のような目が俺を問う。
「……別に、大したことじゃねーよ。最近そういうの食ってねえなって」
本当に大したことを言っておらず、少しだけ恥ずかしくなる。素直に言ってしまえばよかった。
「甘いものに限らず、あなたはあまり食べるイメージが無いな」
「口に入れるモンは、まあ、気にしてるな」
「鍛えているからか?」
「あー、まあ、そんなところだな」
「なるほど」
そういうものか、と村雨が。関心した口ぶりで返してきたのに、どうしてか、スプーンの上に小さなパフェを作り、俺に差し出している。どうしてだよ。
「……いや、いらねえって」
「私の好意を受け取れんのか」
「王様か、オメーは」
「医者だ」
「知ってるっつーの」
ふふ、と。村雨が目を細めて笑う。珍しく柔らかい表情だった。
「あまり根を詰めるな」
「そんなんじゃねえよ」
「自分に厳しいのは、あなたの美徳だが」
ずい、とパフェを乗せたスプーンが先程よりも近く、俺の目と鼻の先まで差し出される。
「たまには自分に優しくしてやれ」
「……知った口利きやがって」
「あなたの事は手に取るように分かる」
「……そーかよ」
差し出されたデザートを口にした。バニラと、チョコレートと、ナッツの味。スプーンの上で形を崩していたアイスは俺の舌に触れた途端、溶け消えてしまった。甘ったるい余韻も、俺の舌を十分に楽しませることなく薄らいでゆく。まだ冷めていないコーヒーで、その余韻も流し込んでしまった。
「……甘い」
「甘くなければ注文していない」
はいはい、と医者の戯言を受け流す。適当な態度の俺に村雨はちょっとだけ不満そうな目を向けた。
コツ、コツ、と。ガラスの器とスプーンが当たる固い音がする。採掘するかのように村雨がまた、アイスを削っていた。溶けかけたアイスが村雨の口へと運ばれていく。器と口を往復するスプーンを、ぼんやり見ていた。
「……オメーって神経質そうな見た目してるクセに、けっこう大雑把、というか、大らか、っつーか」
「……なんの話だ」
「スプーン」
そう言って、パフェの山を崩していたスプーンを指差してやる。
「回し食い、気にしねえんだな」
「……そんなことか」
眼鏡の奥、村雨の目がスプーンを見る。先程、メニュー表を見ていた時の目に似ている。つまり、これといった感情の混じりがない視線だ。
「あなたは気にするのか」
「ちょっとはな」
深い赤の瞳が僅かに左へ揺れた。
「嫌がる素振りは無かったが」
「オメーだからな」
「なるほど。私もだ」
「は?」
だから、と。物覚えの悪い患者に説明するような、実際コイツが働いている姿なんて見たことがないが、丁寧で優しい声が言い直す。
「私も、あなただから許した。それだけだ」
「……お医者様は、そこまで俺のこと信用してくれてんだな」
「……あなただから、だ」
「まあ、ダチだからな」
「……私は本気で言っている」
「本気って……」
腕を広げ、光栄だな、と戯けてみせた。途端、スプーンを置いた村雨と目があう。先と違って恐ろしいほど冷たい、怒っているような色の目をしていた。
「……ちょっとふざけただけだろ」
喉の奥が冷たくなる。これ以上逆撫でることは言わないよう、慎重に言葉を選んだ。
「……はあ」
「だから、ちょっとふざけただけだって」
「違う。マヌケめ」
「あ?」
突然だった。
伸びてくる村雨の手を、俺は避ける事ができなかった。肉の薄い唇は無感情に結ばれているが、その目は剣呑な雰囲気を纏っていて、まるで賭場の気迫だ。
「お、おいっ……!」
おっかないが、引くわけにもいかない。陰湿な臆病さを知られている相手なら、尚更だ。
白く骨張った手が俺の胸ぐらを掴み、ぐい、と引き寄せる。されるがまま、俺は村雨の方へと引っ張られた。咄嗟にテーブルへと片手をつく。椅子を蹴り倒しそうになった。
「村雨……!」
殴られようが暴言を吐かれようが、顛末を見届ける為に目を見開く。瞬くほどの刹那だったが、全てを受けいれようと気持ちを切り替えた。なのに、どうしてか、本当にわからないが、無愛想で機嫌の悪い村雨に俺はキスをされてしまった。
「……は」
ゆっくり、と。俺のまわりを揺蕩う時間が遅くなる。村雨にキスされた事実を、脳が鈍臭いほどゆっくりと把握していく。俺は今、なにをされた?
「私は本気で言ったのだ。あなただから許したのだ、と。その意味がわかったか、マヌケ」
説明を求めていた。切実に。どういう意味の、そもそも意味なんてあるのか。いや、確かに言った。意味がわかったか、と。あなただから許した。俺だからキスをした。この意味は、つまるところ。
理解の遅い俺を放って村雨は「鈍いにも程がある」だとか「計画が狂った」だのとブツブツ文句を投げつけてくるだけで、キスの意味を教えてくれる素振りはない。
「……待てよ、状況が」
「まだ状況がわからんのか」
「オメーなあ」
「あなたの頭はお飾りか?」
「お飾りって……」
苦笑いし、聞き直す。
「その、聞くけどよ。さっき、キスした……よな?」
村雨が腕を組む。清々しいほど堂々としていた。胸ぐらを掴んで強引にキスしたなんて、そんな事実がなかったかのようだ。
「他に何がある。マヌケ」
「まて、まてまて、ひとつ聞いていいか?」
「ここまでされておいて何を聞こうとしている? あなたは自分で考えることもままならない赤ん坊なのか?」
「オメー口悪りいな。というか、村雨、お前も今、結構テンパってんだろ」
「頭どころか目も悪くなったらしい」
「へいへい、なんとでも」
コーヒーを啜る。さっきまで温かかったのに、随分ぬるくなっていた。
「……俺のことが、その、好き、とか?」
怒ったような顔をした村雨が、長い長い溜め息を吐いた。俺達を取り巻く空気が一層、重くなる。まるで、互いが感じているであろう気恥ずかしさを誤魔化すように。
「……あなたがその気がない事ぐらい知っている」
「まだなんも言ってねえだろ」
「わざわざ言わなくても自明だろう」
自明、なんて。一体俺の何を見て言ってるんだろうか。いや、俺の全てを見て出した解なんだろう。きっと。
「貴方の寄せる信頼の形と、私があなたに寄せる信頼の形は違う」
「同じ信頼じゃねえってのは、その、つまり」
「あなたは友愛と恋愛の区別もつかんのか」
村雨の言葉に面食らう。言葉の先は予測していた。それでも、言葉として改められると異質さに目眩のような揺れを感じた。あまりにも、本人には悪いが、村雨礼二と恋愛感情がミスマッチに思えたからだ。
「マジかよ」
「くどいぞ、マヌケ」
「……気づかなかった」
「言うつもりは無かったからな」
はあ? と納得できていない声が出た。この男が俺に対して遠慮なんてするはずがないからだ。それとも遠慮とは違うまた別の何かが村雨の口を塞いだのか。どちらにせよ、今の俺だと答えには辿りつけない。
「言うつもりなかったって、なんでだよ」
言ってから、自分は村雨に何を求めているのかわからなくなった。告白されたかったのだろうか。告白されても、充分に返せる自信がないのに。
ただ、今この瞬間、村雨が俺に対して何を思っているのか。それだけがどうしようもなく気になった。
「現状の関係に満足していた。それに、あなたの気持ちが変わることはないだろうしな」
「……これから変わるかもしれねーだろ」
数秒、言葉のない時間が流れる。静かに、村雨が囁くほどの声で俺に問う。
「変えるつもりか?」
揺れのない、まっすぐな声だった。
「つもりって……いや、じゃなくて、先の事なんて今はわかんねーだろって話だろ」
微かだが音が聞こえた。村雨の指がトン、トン、と軽い調子でテーブルを叩いている。眼鏡の奥で三白眼の目がゆっくり細められていく。村雨は、静かに笑っていた。
「なに、笑ってんだ」
「笑っている、私がか?」
「オメー以外に誰がいんだよ」
「ふふ」
血色の良い唇が口角を上げ、三日月の形に歪む。村雨は、今度は声に出して笑っていた。
「……私は、期待して良いのか?」
期待って。村雨らしくない言葉に驚いてしまう。
この男は自信過剰でそれに見合った実力も才気もある。そんな男が「期待」なんて曖昧な言葉を使ったのは、これが初めてだった。少なくとも俺の前では。
「……らしくねえな。お医者様が期待、なんてよ」
「確かに、私らしくない言葉だな」
笑う村雨と目があう。
目の前は濃霧のように厚く覆われていて、自分が今どこに立っているのかさえわからない。それでも、もう元には戻れないことだけは自覚できた。
俺の前に座る男が続ける。
「私は期待などせん。期待とは己が手出しできない領域、例えば運だとか他人だとか、だ。そういった変数に希望を託す行為だと言えよう。そんなモノに時間を掛ける暇があるなら、自分の手で現状を変えていくほうが生産的だと思わんか。なにも未来は手が届かないほど先にあるとは限らん。足掻くことを放棄した愚か者の言葉には常々呆れる」
「……つまり」
期待しない、と言った男の顔から笑みが消える。
「宣言しよう。期待などしない。私は、あなたを必ず手に入れる」
真剣な眼差しで、だからこそ俺は言葉を返せなかった。
俺だから許した。そう言った男が身を乗り出す。無防備だった俺の手に村雨の手が重ねられた。わずかだが俺の肩が跳ねるのを、その目は見逃してはくれなかった。
「……あなたを、必ず手に入れる」
重なる手に力が込められる。手を引っ込めようにも、もう手遅れだ。村雨の手は、俺に後戻りできないことを教えていた。
「獅子神、これはあなたが招いた運命だ」
「……は」
運命って。声にならなかった俺の気持ちを読んだのか、村雨が続ける。
「あなたが私にきっかけを与えなければ、墓まで持っていく気持ちだったからだ」
間を置き「まあ」と付け足す。今までの剣呑とした目つきが和らぎ、何かを思い出したのか、表情が柔らかく緩んだ。
「墓まで持っていくつもりだったが、気持ちを隠す気もなかった……だが、あなたがマヌケのお人好しの所為で、私がどれだけアピールしても気が付く素振りすらなかったがな」
「は、はあ? なんだ、それ」
記憶にない事実に目を丸くする。そんな俺を蔑むよう、村雨が眉根を寄せて睨む。
「マヌケめ……私が誰彼構わず食事を集るような、そんな卑しい人間だと思っていたのか?」
「いや、そういうモンかと……」
「マヌケが……」
「オメーって、そういうところあるしよ……」
「マヌケめ……」
「おい、オメー、さっきからマヌケって言い過ぎだろ!」
「マヌケはマヌケだ、このマヌケ!」
「なっ、テメー……!」
怒る俺を無視し、村雨が何回目かの長い長い溜め息を吐き捨てた。重なっていた手が離れ、微かな温かさが俺の手に残る。
記憶を掘り返し、村雨のアピールとやらを探していく。が、やっぱりそんな記憶は無い。もしかして今まで全部が、そのアピールとやらだったのか?
「……その」
「別に、あなたが恐れるほど私は怒っていない。私は寛容だからな」
「まだ何も言ってないだろ。あと別に寛容でもねえだろ」
村雨の白く長い指が、ほったらかしになっていたスプーンを拾い上げる。掴んだそれを、指揮棒のように振った。
「あなたのその態度も、今は許してやろう」
天堂みたいなこと言いやがって。
自称お優しいお医者様は微笑みながら、残っていたパフェを平らげた。
「返事はいつでも構わん」
コーヒーへと伸ばそうとしていた手が止まる。村雨の目は、まだ俺を捉えている。
「だが私は医者だ。ギャンブラーではない。負けるようなゲームをするつもりはない」
「……随分、強気じゃねえかよ」
コーヒーを啜る。もうすっかり冷め切っていた。
「……止んだな」
窓の外を見上げ、村雨が呟く。つられ、俺も窓の外へと目を転じた。
雨に濡れたアスファルトが日差しを浴び、キラキラと輝いていた。雨はすっかり降り止み、雲間から太陽が顔を覗かせている。
「……帰るとするか」
「だな。なんか、けっこう長居しちまったな」
「そうだな。……あまり待たせすぎると叶が煩くてかなわん」
「迎えにこねーくせにな」
村雨と二人、おそらくお互いが同じ絵を想像し、顔を見合わせて笑った。
「返事はいつでもかまわない。だが、私はもう我慢もしないつもりだ」
「……そーかよ」
まあ、好きにしろよ。
村雨のことだ。俺の気持ちがとっくの前に傾きかけているのもお見通しなんだろう。返事なんて、きっと、待つ気はないはずだ。