眠る緑


 OBSを操作しながらコメント欄に目を転じる。放送はリアルタイムで絶賛配信中。川のように流れていくコメントは俺が振る話題に積極的で活気がある。レスポンス速度は早くなく、それでいて遅くもない。俺を満足させるには充分だ。視聴者数を知らせるカウンターは回り続け、同席は深夜に近づくほど増えていく。
 うん、今日の俺も完璧だ。
 だけど完璧な俺はそろそろ店仕舞い。
 わざと欠伸をして眠いことをアピールすれば、別れを惜しむコメントで画面が埋まる。刹那だが充足感が俺を温かく満たす。この配信を観ている人間たちが俺の事で一杯になる瞬間。心も目も俺に釘付けだ。愛されてるって感じる一時。でも、だ。リスナーには悪いけど、今日のレイメイ君はこれで終わり。勿体無いかもしれない。別に配信が盛り下がってるワケじゃないし。でも、このぐらいもったいぶった方が次の配信が待ち遠しくなって、嫌でも期待値上がっちゃうだろ?
 また明日も観ろよ、なんて残して、俺は今日の配信を終えた。画面が止まり、配信が終わる。それでもコメント欄は別れを惜しむよう、暫く流れ続けた。
 パソコン画面をスリープさせ、ゲーミングチェアで手足を目一杯伸ばしてから立ち上がる。エナドリの缶をまとめて捨て電気を消せば、俺は配信部屋を出た。
 
「……ん、叶か。もう終わったのかよ?」
「え、もしかして敬一君、俺の配信観てないのかよ!」
 俺ん家のリビングで寛ぐ、って言えるほど寛いでない敬一君が顔を上げて俺を見る。手元のノートパソコンを熱心に観てたから、てっきり俺の配信を観てると思ったのに!
 敬一君の背後に回り込んで画面を覗けば、数字と文字が所狭しに敷き詰められていた。こんなの観てたら目が悪くなっちゃうよ!
「マジで俺の配信、観てない!」
「だから、観てねえって」
「俺に興味ねーの⁉」
「はい、はい。興味あっから」
「敬一君が冷たい‼︎」
 嫌だ、嫌だ、と喚けば敬一君が困ったような、それでいて呆れた眼差しで俺を見、またノートパソコンの画面へと視線を戻した。
「つまんねーモン観てる暇あるなら俺を観ろよ!」
「仕事してんだろ」
「俺より仕事が大事なのかよ!」
「仕事の方が大事だろ」
 敬一君の心ない言葉に、俺は床に突っ伏して暴れてやった。
「仕事より絶対、俺の方が面白いだろー‼︎」
 宙で地団駄を踏んでいれば、ココア淹れてやるから落ち着けってと宥められる。
 もしかして俺、ガキだと思われてない? 敬一君の所為でこんな事になっちまってんだけど? ココアでご機嫌とれる年でもねえんだけど? 敬一君が俺を観てなかったからじゃん? ココアで許されると思ってんのかよ? でもココアは絶対に淹れてもらうぞ。
「うんと甘くしてくんねーと、このまま床で寝るからな」
「床で寝ればいいだろ」
「敬一君のこと抱き枕にして、ここで寝るからな」
「やめろよ」
 馬鹿ばかしいが、俺が本気だと悟ったのだろう。若干顔を引き攣らせた敬一君が呆れたようにツッコミ、そのまま床でジタバタと暴れる俺を無視してキッチンへと消える。暫くしてから冷蔵庫を開ける音、それから鍋をコンロに置いて火にかける音がし、食器棚が開かれる音がした。家主を差し置いてキッチンはすっかり敬一君の城となっている。実際、俺の家だというのに、キッチンには俺が知らないモノばかり置いてあった。あそこだけ他人の家みたいな雰囲気がある。リスナーからオススメされて買ったはいいが、手に余らせ放ったらかしにしていたキッチンの便利グッズも、敬一君の私物みたいなツラをして棚に収まっているのだし。
 こんだけ長く関係を続けるのは、正直言って久しい。特に、銀行の賭場へと出入りしてからは、唯君以来だ。
 敬一君とは出会ってすぐ、互いの家へ勝手に出入りする関係となった。理由は単純明快で、互いの欲を満たす為だ。俺は俺だけを観てもらうために、敬一君は強さの一端でも掴みたい為に。単純明快で、笑えるぐらい簡単に終わりそうな関係だった。だというのに、どうしてか、俺たちは今も互いの家に通いながら関係を続けている。
 いや、前よりも俺たちの関係は強く、濃く、近いモノとなっていた。
 瞼を閉じ、記憶へと潜れば、その光景は生々しいほどリアルに俺の元へとやってくる。
 銀行の賭場、灯る蝋燭、俺たちへ向けられた奇異の目、吐き出された真っ赤な血。そして、俺だけを熱烈に観る敬一君の眼差し。淡い色の瞳が向ける熱視。深い、朝の海みたいな、そんな目だ。
 俺と敬一君はつい先日、殺し合った。
 もし運命の糸なんてモノが本当にあるのなら、俺と敬一君は小指がもげてしまう程、強く結ばれているだろう。なら俺たちを繋ぐ糸は互いの血で染まった毒々しい赤だ。お互い無傷でいられない、そんな色をしているはずだ。
「叶」
 名前を呼ばれ、目を開く。マグを手にした敬一君が俺を見下ろしていた。
「ほら立てって。ココア、淹れてやったから」
「……ん」
 体を起こし、敬一君の後に続くようソファーへと移動する。オットマンに足を乗せて伸びるように座れば、ウナギみてえだな、と敬一君が笑った。
「なんか寿司、食べたくなってきたかも」
「明日、どっか行くか?」
「うーん……敬一君とは、なんつーか、家でのんびりしたいんだよな」
「いつもと変わんねえじゃねえかよ」
「変わんないのがいいんだって」
 足首を曲げ、伸ばす。敬一君の視線は俺の素足の先に注がれていた。爪伸びてるの、気になんのかな。
「……寿司握る配信でもしよかな」
「は? それ、面白いのかよ」
「寿司打しながら雑談配信とか、かな」
「寿司打……?」
「え、遊んだことねーの?」
 素直に驚く俺に、ゲームあんましねえから、と敬一君が恥ずかしがるように言った。いや、寿司打はゲームじゃねえけど。いや、ゲームなのか?
 思考を飛ばしている俺に「ほら」と、敬一君がココアを手渡す。受け取れば、淹れたての温かい熱がマグを伝って指先に触れた。
 ひと口、熱さを確かめるように飲む。甘いココアの匂いが俺を満たし、胃の底が温まる。途端、やっと配信が終わったのだと体が自覚した。無自覚に張っていた緊張が緩み、ほう、と息を吐く。
「……あー、おいしい」
「そりゃ、よかった」
「ココア屋さんできるぞ、敬一君」
「回転率悪そうだな、その店」
 じゃあ俺だけのココア屋さんで居てよ。そう言って肩に寄りかかれば、逃げも嫌がりもせず敬一君は静かに俺を受け入れた。金糸のような髪が俺の頬に触れる。幽かだけど香水の匂いが鼻腔をくすぐった。嫌いじゃない匂いだ。敬一君に合ってる。心地が良く、体の中心が温まっていき、足先から解けるように力が抜けていく。あー、極楽、極楽。
「……もう」
「え?」
 振り向けば敬一君の目とばっちり目が合った。朝の海みたいな、淡い色の瞳だ。
「どうした、敬一君」
「あ、いや」
「なんだよ。言い当てられたくなかったら自分で言ったほうがいいぜ」
「嫌な奴だな、オマエ」
 敬一君の言葉に笑って返せば、目を伏せた横顔がボソボソと小さな声で問うた。
「もう、染めたりしねーの、髪」
「……ああ」
 敬一君が何を指しているのか、考えなくても分かった。賭場で殺し合った時の俺を指している。
 闇のような黒衣を纏い、クロムを含んだスピネルのような瞳に、緑玉髄の色をした髪。あの時の俺はゲームの度に粧し込む敬一君に倣って、特別仕様で対峙してやったのだ。
「緑の方が好き?」
 ライラック色に染まった前髪を掻き上げ、揺れる瞳に視線を合わせる。ゆっくり、錆びたダイヤル錠を合わせるよう、敬一君と俺の視線が交わっていく。
「……似合ってたよ、オマエに」
 昔の敬一君なら、なんと答えただろうか。いや、今も昔も変わらず、敬一君なら似合っていたと言ってくれたはずだ。敬一君は変わらずして、前とは変わったのだから。
「敬一君とバトる俺は、しばらくお休みだ」
「そうか」
「でも、またいつか、遊ぼうな」
 その時もまた、楽しいゲームになるよ。俺たちなら。
 敬一君の手が、俺の前髪に触れた。紫に染まった髪が、傷跡の残る敬一君の手に梳かれ、透明な光を反射する。緑に染めていた時と違い敬一君は、その瞳に怯えも惑いもなかった。敬一君の目は、真っ直ぐに俺を観ている。次また対峙したとしても、きっと、ぜったい、俺たちは楽しめるはずだ。
 他人から見れば理解不能だろう。
 俺たちは密な関係を築き、互いに特別となっている。好きだし、離したくないし、ずっと一緒に居たい。死ぬ時まで、ずっと。だけどまた、俺たちは殺し合う、かもしれない。嬉々として、踊るように、歌うように。互いの首を欲しがるかもな、なんて。
 赤い糸なんてモノがあるなら、俺たちの手は絡まった糸によって千切れかけていて、毒々しく染まった血色の筋が幾重にも伸びているのだろう。だけど、それでいい。それが俺には一等、愛おしい。
 チカチカと、あの時の緑が記憶の中で散っていく。やがて眠るよう、その色は見えなくなった。
「もう寝ようぜ、敬一君」
 立ち上がり敬一君の手を引く。
「一緒に寝よ。んで、明日も楽しいこと、してこーぜ」
 幽かだけど、敬一君が笑った気がした。
 
 それじゃ、俺たちはもう寝るよ。じゃあな。


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