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青い目の、犬耳を生やした二頭身のキャラクターが【ペッコリ】と、擬音を出して頭を下げた。またチャットのショートカットキーとリアクション操作を間違えてるな、と勘付き「⌘とCでチャットだぜ」とだけメッセージを送る。チャットウィンドウを開いていなくともポップアップの通知で内容は分かるだろう。数秒後、チャットに「なれない」とだけ送られてきた。漢字変換にまで気にかけてる余裕がないのか。いつもの精悍な姿はそこになく、不慣れな場所に連れ出され戸惑う子犬のような可愛らしさがあった。本人が目の前にいる訳じゃないのに口許を隠して笑う。本当に、可愛い奴だ。
犬耳がパタパタと揺れ、青い目を眠たそうに瞬かせる。コイツの幾つかある待機モーションの一つだ。二頭身の丸っこいキャラクターが、今度は【ジャジャーン】とその場で一回転した。ああ、またナニカとリアクション操作を間違えてるな。ホント、可愛くて世話が焼ける男だな、敬一君は。
今、画面の中で慌ただしく動くキャラクターは、敬一君が操作している。俺たちは命を賭けたゲームを経て、ギリギリまで戦い、そしてオンラインゲームで遊ぶ仲にまでなった。つまるとこ、超仲良し、つうかあの仲、阿吽ってワケだ。鈍いな。要するに、特別な関係って事だ。
敬一君が使うアバターは俺がキャラメイクした個体で、クリーム色の体に真っ直ぐ伸びた犬耳を生やし、眠たそうな青い目をしている。本人に似せて作った俺の力作だ。因みに、俺のアバターも自分で作った愛着あるデザインで、薄紫色の体にフードを被り、赤い眼を片方だけ覗かせた、クラゲみたいな見た目をしている。コイツら二体が並んで歩くと、某国民的アニメのちっちゃい奴等だけが所属する倶楽部みたいだ。
そうやって思考に沈み目を離していた僅かの間に犬耳のアバターは動いていたのか、ポリゴンで表現された木のグラフィックに引っかかり、動けなくなっていた。なんでそうなるんだよ。そう呆れつつも横から突いてやり救助してやる。俺によって救助された犬耳のアバターは、その場でくるくるとコマのように回り「すまね」とだけチャットを送ってきた。
パステルブルーの空には丸っこくて白い雲が流れている。川のテクスチャは、木々や岩と同じでポリゴンっぽいデザインがあえて採用されていた。BGMは16bit風で、ポップでレトロなビジュアルの世界が構築されている。そんな世界で、犬耳のアバターが目を回したのか、死んだように停止していた。
俺は今までリスナーを交えた参加型の企画や大会を数えきれないぐらい催してきた。その中には勿論、リスナーを交えたゲーム大会だってあった。けど、ここまで要介護なプレイヤーは初めてだった。
FPSやMOBA、オンラインTCGなんかの高度でマニアックな知識と技術が必要なゲームなら納得もできる。だけど俺と敬一君が遊んでいるゲームは、そこまで広大じゃないオープンワールドを散策するだけのチャットが主体のオンラインゲームだ。
いつだったか、俺がFPSをやっている後ろで敬一君が「器用だな」なんて言ってきた。本心で褒めてるって分かってたけど、この姿を見た今だとあの褒め言葉が本心の本心、マジの褒め言葉だったんだってのが分かる。
今度は自由度の高いゲームじゃなくて、ボードゲームやカードゲームみたいな現実とあまり差のないゲームに誘うべきか。それともいっそ晨君家に集まってテーブルゲームをやるべきか。俺って、なんでも要領良くこなせれるから、ニガテな奴の出来るレベルが分からないんだよな。
自分のアバターを操作し、近くを流れていた川に沿って歩く。敬一君が操作する犬耳のアバターも、俺の後をついて来るように歩き始めた。
敬一君をこのゲームに誘ったのは俺だ。週に一度、忙しい時は月に一回、そんな極めて少ない頻度で俺たちはログインしている。
このゲームにはゴールが無ければ、日々のミッションも無い。ゲーム内で時々イベントがあるだけで、殆どプレイヤー任せだ。そのお陰か炎上と無縁でマイペースに遊べている。
とても低速な世界だ。亀の歩行より遅い。そんな仮想世界で、俺と敬一君は初期アバターのまま、散歩したりチャットを交わしたり、時々ミニゲームなんかで遊んで過ごしている。ここでは俺も敬一君も、同じステータスを割り当てられた群れの一部でしかなかった。
最初から敬一君をこのゲームに誘った訳じゃない。俺だって、敬一君がゲームに不慣れなのを知っているのに誘うほど空気が読めないワケでもないし。そもそも俺は電話でいいんじゃねえのって提案もした。それでもゲームがいいと言ったのは敬一君で、言葉の裏には負けず嫌いな彼らしい意地があって。それで誘ったのがこのオンラインゲームだった。
ぽこん、と通知が鳴る。チャットのポップアップ通知が画面の上部に表示された。アバターの歩みを止め、チャットウィンドウを開いて返信する。
獅子神:明日マフツの家何時に行く
黎明:敬一君は何時に行く?
黎明:俺は動画一本仕上げてから寝るつもり
黎明:だから明日は午後に行きたいんだけど
獅子神:家のことやってから行く
獅子神:たぶん二時ぐらい
黎明:はやいじゃん
獅子神:はやくないだろ
タブレットのロック画面を解除してアラームをセットする。仕方がない。敬一君が誘うなら早起きするか。動画は、まあ、字幕までは入れてるし、一時間もあれば仕上がるか。
黎明:やっぱり、俺も二時に行くよ
獅子神:起きれんのか
黎明:起こしてよ。モーニングコールってやつ
獅子神:自分で起きろ
苦笑いし、手元にあったエナドリへ口をつける。こんな風に素っ気なく返すけど、なんだかんだ言って敬一君は俺を甘やかす。きっと明日、それも九時ぐらい。俺がセットしたアラームよりちょっと早い時間に敬一君は電話をかけてくれるはずだ。
獅子神:もう寝る
黎明:おやすみ
黎明:遅くまでありがとうな
獅子神:おまえもさっさと寝ろ
黎明:(*^ ^*)
獅子神:ごまかすな
次の日、敬一君が電話を入れてくれたのは、俺の予想よりも早い朝の八時だった。俺のこと、過信しすぎだって。
俺が敬一君と二人で遊んでいるゲームにログインしたのは、前回から二週間も開けた夜だった。
といっても敬一君と申し合わせていた訳ではなく、睡魔に襲われ手元が狂い、間違えてログインしたからだった。すぐにログアウトしようとマウスを動かす。だが一人しかいないフレンド欄に「入室」を知らせるアイコンが点いている事に気づき、ログアウようとしていた手を止めた。説明するまでもないと思うけど、たった一人のフレンドとは敬一君の事だ。
入室、つまり今現在、敬一君はこのゲームにログインしているんだろう。それは間違いない。でも、なんで。俺は偶々間違えてログインしただけだ。敬一君も間違えて、なんてのは考え難い。テレパシーなんて非現実な理由は却下だし、一人で遊ぶぐらいハマってる様子も無かった。だから余計に分からない。俺が観測していない所でナニカが起きている?
黎明:敬一君?
俺が送ったチャットの返信は早かった。
獅子神:なんでいんだよ
黎明:間違えて入っちゃった
黎明:敬一君は?
数秒後、俺が操作するアバターの前に犬耳のアバターがテレポートしてきた。敬一君が操作しているアバターだ。だが、俺が知っている姿とは異なる格好をしていた。
「えっ、なんだそれ」
つい、声が出る。それぐらい驚いていた。だって敬一君が使っている犬耳のアバター、その頭上に黄色のリンゴが浮いていた。真っ黄色の、まん丸なリンゴだ。それが頭上に浮いているのだ。どんなファッションセンスなんだよ。
黎明:頭になんかあるんだけど!
獅子神:もらった
黎明:誰からだよ!
獅子神:畑
黎明:誰だよ!
チャットの速度が上がる。当たり前だ。俺の知らないところで敬一君が意味不明な事になっている。こんなの、観測しなくっちゃだろ。それに理屈の分からないファッションセンスも興味を唆られてヤバい。黄色のリンゴが頭上に浮いている。意味不明だ。正直言ってイカしてる。
黎明:俺もなんか頭に乗せてえんだけど
獅子神:畑でもらえる
黎明:もしかして畑作ってんの?
獅子神:小さいけど
黎明:見てもいいか?
返事の代わりにフィールドのIDコードが敬一君から送られてきた。ツールウィンドウを開き貰ったIDコードを入力してフィールドを移動すれば、2×2マスで作られた小さな畑が二つ、眼前に現れた。
「左右対称に作ってんじゃん。敬一君ってA型だっけ? 性格出てるよなあ」
頭上にリンゴを浮かせた敬一君が、ぽてぽてと畑の真ん中を歩いていく。かと思えば突然、ジョウロを取り出して水をやり始めた。黄色かったリンゴが光りはじめ、くるくると回りだす。なんだかその姿が衝撃的で、とんでもなく面白く感じ、俺は画面に釘付けになったまま数分ツボってしまった。
黎明:敬一君、最高だな
獅子神:なにがだよ
黎明:面白そうじゃん
黎明:これがリンゴ?
獅子神:そう
獅子神:試しに作ったら頭の貰った
黎明:いいな
黎明:次はいつできんの?
獅子神:たぶん三日
黎明:楽しみだな
獅子神:食えないけどな
黎明:こういうのは作る工程が楽しいじゃん
獅子神:そういうもんか
たぶん敬一君は公式サイトか何かを見たんだろう。それともSNSで他のユーザーを見たのか。他人が作れるなら自分もやってみよう、とか、そんな所か。なんかちょっとだけ、後悔していた自分の気持ちが救われた気がした。
黎明:俺もなんか作ろうかな
獅子神:みかんは
黎明:なんで?
獅子神:りんご
獅子神:と交換すると違う苗もらえる
黎明:ハマってんじゃん
黎明:畑づくり
獅子神:はまってない
天邪鬼だな、敬一君。それとも恥ずかしがってんのか。
黎明:わかった
黎明:みかんだな
ツールウィンドウを開いてショップへと飛ぶ。みかんの苗を四つ購入すれば、またチャットウィンドウへと戻った。
黎明:俺もここで作っていいか?
獅子神:好きにしろ
黎明:ありがとな
きっと、この左右対称を崩したら敬一君はゲームに飽きちゃうだろう。人間ってそんなモンだ。自分で作ったルールが崩れた途端、愛着を無くす。俺は侵略者になりたいんじゃない。敬一君が注いだ愛情の観測を特等席でしたいだけ。それだけ。だから彼が作り上げた均衡を崩さないよう畑のタイルを敷いていく。そこに先ほど買ったみかんの苗を植えた。敬一君は何も言わない。頭にリンゴを浮かせたまま突っ立っている。シュールな絵面だ。
獅子神:叶
黎明:なに?
獅子神:歩こう
黎明:どこを?
獅子神:そこらへん
「そこらへんって、どこだよ」
ゲームが不慣れで言葉が足りなすぎる敬一君に呆れる。だけど俺は素直に従い畑の周りをぐるぐると歩き始めた。その後ろを敬一君がついてくる。ああ、本当に杞憂だったんだな。敬一君は、敬一君の速度でこの世界を楽しんでいる。
このゲームにはゴールが無ければデイリーミッションも無い。流れる時間は低速でプレイヤー人口はちょっと過疎気味だ。だというのに俺は、この仮想世界が楽しい。敬一君がいるからだ。互いの時間を、記憶を、言葉を、共有するこの瞬間が輝かしくも愛しい。
畑を大きくしたら、次は家でも作ろうか。それとも動物でも飼ってみるか。
俺たちが共有するこの仮想世界は有限だ。どれだけ時間を積もうがサービスの提供が終われば、そこでピリオドが打たれる。だけど、それは現実でも同じだろう。不死も不老も、残念ながらこの世界には無い。人間の記憶だって脆く不正確で、どれだけ濃い時間を過ごしたとしても忘れちまう。敬一君と共有するこの世界は、この時間は、この感情は、儚く限りがあるのだ。
だから人生が終わる瞬間まで、可能な限り俺が愛した形のまま、共有した世界を抱いていたい。
「……なんか、珍しく俺も感化されちまったかもな。敬一君に」
それとも、これがゾッコンってヤツ?
なーんてな。