お題「不意打ち」


 マンネリ、という言葉がある。元の言葉はマンネリズムと云い、芸術分野などで一定の技巧が癖となることで独創性や新鮮味を感じれなくなり、古臭いモノのように思えることを意味する。だが現代社会では人間関係を差して使われる事が多いだろう。特に、親密な関係を築くような、所謂、恋人同士と呼ばれる関係性に。
 春とは無縁だと信じていた私の人生にも芽吹く季節がやってきた。そして、恐ろしいかな、最近の私はマンネリという暗い影に脅かされている。
 仕事中、惚けることがある。恋人の事でだ。だが惚気ている訳ではない。いや、惚気もあるかもしれない。それは一旦、脇へと置いておく。今はマンネリだ。マンネリ。つまり停滞による飽きが恋人、獅子神と私の間に訪れているかもしれないのだ。
 事の発端は先日、夜のことだ。いつも誘えば乗ってくる獅子神が、今日は気分じゃない、と私の誘いを押し返した。それだけならここまで気にしたりはしない。どうしてかその日、その夜は寝室まで別にされ、私は獅子神の家で一人、朝を迎える事となった。気になっている事はもう一つある。あの夜、私はなにも無謀無策に獅子神を誘ってはいないのだ。相手の声、視線の動き、足先の向きに汗のかき方から筋肉の動き、兎にも角にも、情欲の放つ勝算を敏く感じ取ったが故に誘ったのだ。そして、拒否されてしまった。どういう事か。これが所謂、世間で云うマンネリというモノなのか。私は焦った。
 しかし簡単に動じる私ではない。伊達に三年も早く生まれてはいないのだ。私は頼れる先達、つまり兄貴のことだが、助言を求めるべく電話をかけた。
 そして一つの案を授けられたのだった。
 マンネリとはつまるところ、恒常化だ。ならば不意打ち、ではなく、サプライズで関係性に刺激を与える。これに限る、と。そしてサプライズは派手ではない方がベターなのだと云う。日常からかけ離れたサプライズは記念日に、日常に沿ったサプライズは何気ない日に。それがサプライズの初歩的な心構えなのだと兄貴は言い、頑張れよ、と締めた。
 そして今日である。
 私はあまり大きすぎず、かといって小さすぎない花束を手に獅子神邸の呼び鈴を押した。変わらぬ獅子神の声がした後、扉が開く。
「遅かっただろうか」
「いや、別に。まだ飯の用意も……」
 淡い色の瞳が私を捉え、手元の花束へと向く。それから、また私へと視線を戻し一言、巫山戯るように言った。
「オメー、病院辞めたのかよ」
「せめて昇任祝いと言え、マヌケ」
「冗談だって」
 獅子神の冗談に口を尖らせれば、可笑しなモノを見たかのように笑ってきた。不服な思いのまま手元の花束を見る。獅子神から見れば、私に花束が添えられている事すら非日常なのだろうか。不服に思う気持ちは薄れ、今度は不甲斐なさが私を責めた。
「……あなたに、だ」
 花束を獅子神へ押し付けるように差し出す。だが傷痕の残る手は戸惑うだけで受け取らない。
「は、え?」
「サプライズだ、マヌケ」
「サプライズって……」
「マンネリ対策だ」
「マンネリ⁉」
 目を丸くし、獅子神が驚く。それから顔を真っ赤にし、すぐに真っ青へと変わった。まるで罪を犯し罰を恐れる咎人のようだ。異様な態度に今度は私が驚いた。
「獅子神?」
「……もしかして、前の、その、オメーの誘い断ったの、気にしてんのか?」
 素直に首肯すれば、ああ、やら、うう、なんて呻き声を上げて獅子神が顔を手で覆う。咎人のよう、と喩えたが事実、獅子神は何かを悔いていた。
「獅子神、私はなにか間違えたか?」
「いや、間違えっつうか、その、俺がちゃんと言ってなかったのが、まあ……」
「ちゃんと、とはなんだ?」
「……いや、その」
 顔を覗き込み、獅子神の言葉を読み取ろうとした。だが獅子神は私から顔を背け逡巡を続ける。なにがなにやら、だ。
「獅子神。間違いでないなら、なんだ」
「いや、えっと、まあ……」
 粘ること五分。玄関先で花束を片手に問い続ければ、渋っていた獅子神がか細い声で白状した。
「最近、オメーと一緒にずっと居んだろ。その……飽きられんのが嫌で、わざとやったんだよ」
 呆気にとられ、つい、意地悪に聞き返してしまう。
「つまり獅子神は私の事が好き過ぎるあまり部屋を別にする事でマンネリ化を予防しようとした訳だな」
「言い直してんじゃねえよ、アホ」
「要約すると、獅子神は私の事が好き過ぎて変な行動をとってしまう、という訳だな」
「そこまで言ってねえよ、バカ医者」
 結局、私の心配事は杞憂に終わったらしい。
 持っていた花束を今度は確かに獅子神へと手渡した。
「勘違いとは言え、それはあなたへのプレゼントだ」
 獅子神が困ったように花束へと視線を遣り、それから控えめな笑みでありがとよ、と呟いた。
「まあ、花などすぐ枯れてしまうモノがプレゼントとして喜ばれる意味が理解できないがな。それも次のサプライズを用意する為の終わりだと思えば納得も出来る。区切りがなければ次を用意することも叶わない。一瞬の儚い時間だからこそ希少価値も上がるのだろう」
「オメーのそういう所、嫌いじゃねえけど、どうかと思うぜ」


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