お題「コレクション」


「獅子神」
 背後から名前を呼ばれ振り返れば、村雨が手を広げて立っていた。
「……何やってんだよ、オメー」
「どうだ」
「……どうだって、何がだよ」
 すぐに村雨から視線を外し、前を向く。
 アホみたいに手を広げて立っている村雨と違い俺は、晩飯の為にせっせとジャガイモの皮を剥いていた。今からコイツを茹で、マッシュポテトを作るのだ。メインはステーキだから味は抑えめで。だけどバターは入れてやる。
「マヌケ、私を見ろ」
「今、忙しいのが見えねのかよ」
 村雨を無視し、手元のジャガイモに視線をやったまま包丁を動かしていく。だが、そんな態度の俺にめげず、村雨が好き勝手に喋り続けた。
「明日に着て行く服だ」
「はあ?」
「前に言っていた店に行く、と。あなた言っていただろ」
「ああ、そうだけどよ」
 ようやく振り返り、これのことか、と納得する。後に立っていた村雨は、いつもの真っ黒なスーツではなく、落ち着いた色の青いシャツを着ていた。艶のある紺の糸で襟や袖に刺繍が入っている。シンプルだが上品なデザインのシャツだ。前に一度、出かけた時に着ていたのを覚えている。
「ああ、それ。そのシャツ、オメー似合うよな」
「……それだけか」
「それだけって、他に何かあんのかよ」
 俺を見る村雨の顔には不満の色が表れていた。だが俺は、村雨がどんな言葉を欲しているのか察せないでいた。
「……」
「……」
「……なんだよ、答えは」
「前は、いつもと雰囲気が違って柔らかく見える、と褒めてくれたが」
「よく覚えてんな。結構前だろ、それ着てたの」
「あなたに言われて嬉しかった言葉は全て覚えている」
 剥いていたジャガイモを落としかけ、手元が慌ただしくなる。村雨の言葉に面食らった俺は、すぐに言葉を返せなかった。
「何を慌ただしくしている、獅子神」
「い、いや、意外だったから、つい……」
「あなた、私をなんだと思っている」
「ああ、いや、すまねえ……」
 包丁をシンクへと置き、剥き終えたジャガイモを濯いでいく。綺麗になったジャガイモをボウルに一つずつ入れていきながら、先ほどの言葉を反芻した。
「……もしかして、手帳とかにメモってたりするのかよ」
 揶揄うつもりで言った言葉だった。だけど村雨は、またもや俺の不意を突いてきた。
「手帳に書いたりはしていない。日記だ」
「日記⁉︎」
 言ってしまってから、自分の発言が世間とズレていると察したのか、村雨が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……あなたが想像するような日記ではない。カルテみたいなモノだ。読んだ本の記録を付けたり、仕事で調べた内容を書き留めておいたり。そんな程度の、ただのノートだ。そこに、あなたの言葉をコレクションしているだけに過ぎない」
 そう村雨が弁解するが、最初に食らった衝撃ほど忘れられないモノもない。つい、地雷を踏むような言葉を返してしまう。
「そこに、言われて嬉しかった事、集めて書いてんのかよ?」
「……悪いか?」
 睨まれ、だけど迫力の無さに笑いそうになった。
「あなた、今、笑っただろう」
「いや、別に……いいじゃねえかよ。俺もやろうかな」
「やめろ。あなた、面白がっているだろ」
「んなワケねえだろ」
「なら私の目を見て言え!」
「だから、面白がってねえって」
「目線が合わんぞ、マヌケ!」
「……まあ、人それぞれ、だよな」
「今更焦ったとて許さんぞ、獅子神!」
「悪かったって‼」


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