お題「映画」
画面を滑るように流れるエンドロールを眺めながら、あくびをひとつ零す。惰性で観ていた映画だったが、結局、最後まで観てしまった。小さく伸びをし、窮屈だった体から力を抜いた。
隣で観ているはずの村雨に視線をやれば、こちらは仕事終わりだからか、ぐっすりと眠っていた。隈の濃い三白眼気味の目も、今は薄い瞼が閉じられ眠り顔だ。だけど眉間だけは苦悶するようにシワが寄っている。苦しそうだ。顔には触れないよう、掛けていた眼鏡を外してやれば、眼鏡が相当邪魔だったのか眉間のシワは浅くなった。解放されたからか、ソファーの上で村雨が小さな寝返りを打つ。
毛布でも持ってくるか、それとも起こして寝室まで連れていくか。顎に手を添え思案する。
そういえば、先ほどの映画も丁度こんなシーンがあった。野原で眠ってしまった主人公を、父親が背負って帰るか、それとも起こしてやるのか。穏やかな寝顔を見せる主人公を前に悩む、といった場面だ。先ほどの映画は結局、起こしてしまったのだったか。曖昧に思い出し、苦笑いした。正直言って、面白いと評する事ができない映画だった。村雨がエンドロールを見ずして寝てしまうのも頷ける。白状すると、観終わったばかりだというのに、あまりストーリーも思い出せない。
ストーリーの軸は曖昧で、主人公たちが何に悩んでいるのか理解し難く、ちょっと見逃しただけですぐに置いてけぼりを喰らう。退屈で、難解で、それでいて自分勝手さを感じる。そんな映画だった。
それでも最後まで観てしまったのは、時偶映る風景だけの描写に心地良さを感じたからだった。特に、そう、車で夜道を駆けていくシーン。これだけはストーリーが思い出せなくとも思い描く事ができた。
開け放った車窓から入る風が、主人公の髪を乱して過ぎてゆく。鉄やコンクリートで作られた街は、その体を闇夜に溶かし、光だけを残して夜の景色を作っていた。片手をハンドルに、もう片方はラジオを弄って音楽を選んでいる。どこまでも続く道をただ、車で駆けていく。それだけ。それだけのシーンだった。だけど印象深く残っている。
「今……何時だ」
横で気配が動く。村雨が目を覚ましたらしい。
「やっと目、覚めやがったか」
「……眼鏡が無いが……」
「邪魔そうにしてたから外してやったんだよ」
サイドテーブルに置いていた眼鏡を持って差し出せば、寝ぼけ顔が手を彷徨わせながら受け取った。
「すげー寝てたぜ」
返答の代わりか、村雨が短いあくびで返す。
「つまらない映画だった」
起き抜けの評価に苦笑し「だな」と同意してやった。
「なあ、村雨」
「なんだ」
「ドライブ行こうぜ」
「もう深夜だが」
「コーヒー奢るからよ」
「……」
「な、いいだろ」
「……デザートも付けろ」
「交渉成立、だな」
立ち上がり、車のキーを取りに二階へと向かう。村雨はもう一度あくびをしてから、ソファーが窮屈だったのか、腕を大きく伸ばして体を解していた。こういう時の村雨はいつもの無機質な雰囲気が消え、なんだか人間じみていて好きだ。隠れて笑い、村雨と居た部屋を後にした。
風を肌に感じたくなった。片手をハンドルに、もう片方の手は村雨が寝ないよう、先ほど誘った男が好みそうな音楽でもかけてやるか。
車の運転なんて、最初は意味のないモノだった。惨めだった時代の憧れから手にした習慣だったのだ。好きな車種もなければ、拘りもない。だというのに気がつけば随分と手に馴染んでしまっていたらしい。つまらない映画に触発されるぐらいには、随分と。
車の鍵と財布を持って階下へと降りれば、準備万端といった様子の村雨が待っていた。
「シュークリームとエクレア、どちらがコーヒーに合うだろうか」
「すげー食う気満々じゃねえかよ」
「マヌケ。誘ったのはあなただろ」
「はい、はい。その通りで」
「……やはりシュークリームだろうか」
「……どっちも食えばいいんじゃねえの?」
村雨を見れば、その通りだな、と満足気に頷いていた。