お題「お土産」
潮風が髪を撫でる。
空はちょっとだけ曇っていて、だけど雨が降る気配は無かった。
浜辺を歩いていた。勿論、素足じゃない。そんなガキみたいな気持ちにはなれない。特に今、肩を並べ一緒に歩く男と居る時は。
波が打ち寄せ、引き、また寄せてくる。青、とはお世辞にも呼べない鈍い青色の海面に、淀んだ白が網目に似た模様を描いている。
隣を歩いていた村雨が、寒い、と呟いた。
そろそろ車に戻るか。目的は達成したのだし。
目的と云っても、ただ目当ての店で飯を食っただけなのだが。
逡巡する俺たちに、びゅっ、と潮風が吹く。確かに今日は寒いかもしれない。
それにしても、これは潮の匂いだろうか。生臭いような、土臭いような、不快にはならないが嗅ぎ慣れない匂い。この浜辺には何度も来ているのに、未だに慣れない、日常から切り離された匂いが浜に満ちている。
戻るとするか。
そう、波音に負けそうな声音で村雨が囁いた。俺は声も無く頷き、来た道を返した。
海沿いのカフェを見つけたのは村雨だった。見つけた、といっても人伝に聞いた店らしい。その情報元とは村雨の両親だと云う。曰く、村雨の両親が懇意にしている友人が定年後に着手し最近開いた店だとか、なんだとか。俺には想像し難い世界の話に気が遠くなりかけたが、珍しく村雨から誘ってきたので二人で通うようになった。
といっても村雨の目当ては、両親が懇意にしている定年後に開業した友人云々かんぬんカクカクシカジカ……ではなく。その店オススメの、成人男性が一人で食べるには些か大き過ぎるパフェが目当てのようだったが。
両親が懇意にしている、という繋がりにはそこそこ力があるらしく、どうやら出されるパフェはメニューブックには載っていない、村雨の好物ばかりを厳選して作った特別製らしい。
それを聞いた当初、好物なんてモノがこの男にあったのか、と驚いた。なにせ村雨は出された食事は例外なく全て平らげてしまうから。だから特別製よりも先に好物の存在に驚いてしまったが、その店で出されるコーヒーが好みの風味だったので揶揄うようなマネは抑えている。
その店での食事を終えれば、俺たちは浜辺を少しだけ散歩してから帰るのだった。
寒い、と村雨が呟いた。駐車場まであと僅かの距離だ。我慢できねえのかよ、と揶揄えば、白く細い印象の手が俺に向けて差し出されていた。もう一度、寒い、と村雨が訴える。
もう少し素直に言えないものか。素直でないから村雨礼二という男なのか。かくいう俺も、その手を拒めず、むしろ嬉しいとさえ思っていた。
差し出された手を掴み、暫く浜辺を二人、言葉もなく歩いた。
村雨礼二とこのような関係になったのは、つい最近だ。
出会ったばかりは、自分とは住む世界の違う、一等星みたいな男だと思っていた。だけど今は、前よりほんの僅かだが、近くに居ると感じている。今みたいに、互いの熱を分け合うような時は、特に。
あ、と思わず声が出た。そんな俺の声に釣られ、村雨がこちらを向く。
どうした、獅子神。
そう問う村雨の手を離し、浜辺にしゃがみ込む。足元でピカピカと光っていたモノから砂を払い退け、拾い上げて見る。曇り空に翳したソレは青く光を透かし、俺を弱く照らした。
シーグラスか。俺と同じように見上げた村雨が呟いた。だな、と返し、拾ったばかりのシーグラスを海水へと浸して砂を洗い落とす。
「獅子神」
「なんだよ」
「持って帰るのか?」
「まあ。……その、この前さ」
「いつだ」
「だから、この前だって。真経津ん家、行ったろ」
「ああ」
「オメーと海沿いの店まで飯食いに行ってるって話してよ」
「あなた、あの男の前だと口が軽すぎやしないか?」
「別に秘密って話でもねえだろ、オメーと出かけるの」
「……まあ、いい」
「……わかったって。次からはベラベラ喋んねえから」
「……構わん。それで?」
「それで、そしたら真経津のヤツ、土産が欲しいとか言ってきて」
「そのシーグラスを渡すのか?」
「なんか買ってくるかって訊いたんだけどよ。なんか、浜とかに落ちてる貝とかがいいって言い出して」
「相変わらず、理解不能な男だな」
「んで今日来てみたら貝なんて全然落ちてねえだろ」
振り返り、綺麗になったシーグラスを村雨に見せてやる。村雨は、興味なさそうにシーグラスへと視線を遣った。
「だから、土産。これが」
用事は終わった、とばかりに立ち上がり、帰ろうぜ、と村雨に声を掛けた。だが村雨は俺の声なんて無視し、徐にしゃがみこんで砂浜を素手で掘り始めた。
「なにやってんだよ」
「……あの男ばかり不公平だとは思わんか?」
はあ、と生返事の俺に村雨が拳を突き出してきた。戸惑う俺に「手を出せ」と不機嫌そうな男が求める。素直に手を器にして差し出せば、骨張った手から二つのシーグラスが手渡された。
「……もしかして、叶と天堂の分か?」
「贔屓していると煩いぞ、あの男たちは」
「……ま、それもそうだな」
手渡された二つのシーグラスも海で洗い、小さな三つの欠片をジーンズのポケットへと突っ込んだ。
準備万端、と車が轟く。助手席のシートベルトを確認すれば、俺は家へと帰る為に車を走らせた。
潮風が開けた車窓から吹き込み、髪を乱す。寒い、と村雨が文句を言うので、窓を閉め着ていた上着を片手で投げ渡した。
「それ、着てろ」
「磯臭いな」
「それはオメーもだろ」
珍しく、村雨が声を出して笑った。釣られ、俺も笑う。
「次は真経津を連れてきてやってもいい」
「多分、来ねえぞ、アイツ」
「だろうな」
土産だってきっと、真経津は期待しちゃいない。俺と村雨を揶揄う為に言っただけの、適当な言葉だろう。俺も村雨もそれを分かっていて、だけどアイツらの為に砂浜を歩いて土産を見繕ってきたのだ。お互い様だ。
浜辺が、海沿いの店が、どんどん遠く離れていく。
また、俺たちは二人でここに来る。