お題「イチゴ」「味覚」
ベンチで村雨と二人、肩を並べて座っていた。
気温は八月のピークに近く、酷暑で額から流れる汗は止まることがない。背中にはシャツが張りつき、不愉快でならない。だけど俺たちはベンチに座っている。
お互いの手には、アイスがあった。
ウエハース生地のコーンに盛られた、二段重ねのアイスだ。なんでこんな浮かれたガキみたいな注文になってしまったのかというと、村雨が「コーンに乗せるアイスは二段だと決まっている。三段があるならば三段だ」とか、ナントカ、駄々を捏ねたからだ。その我儘に巻き込まれ、俺までアイスを買うどころか二段重ねの、夏に浮かれた仕様の注文となってしまった。
そして、だ。不公平な事に俺のアイスは村雨によってちょっとずつ食べられていた。もちろん、村雨はちゃんと自分のアイスだって注文している。当たり前だ。この男が自分のオーダーを外す訳がない。
村雨のコーンアイスはバニラとチョコの二段重ねだった。そして俺はパインとイチゴの二段重ねで、不本意だが、村雨によって少しずつ食べられている。
プラスチックの透明なスプーンでアイスの山を削る。その横を、村雨のスプーンが削っていく。
俺たちが座るベンチに屋根はない。だが幸い木陰の中で、夏の白い日差しが水玉を描きながらアスファルトに散っていた。傍に置いていた買い物袋も照らされ、眩しく光を反射させている。
村雨と俺は二人、買い出しの最中だった。その帰り道でアイスのキッチンカーを見つけ、吸い込まれるように列へと並びだした村雨を阻止できず、仕方なく俺も後に続いた。胃袋に支配された村雨は梃子でも動かない、と知っていたからだ。
コーンに盛られたアイスが手の中で、爆発寸前の時限爆弾よりも早く溶け崩れていく。コーンから溢れてしまう前、氷の表面を失った場所からスプーンで掬っていき、口へと入れた。甘ったるい砂糖の中に果物の匂いを押し込めたような、そんな味だった。
また、村雨のスプーンが俺のアイスを無遠慮に掬っていく。当たり前のような村雨の仕草に、ちょっとだけ苦言を呈したくなった。
「オメーなあ、自分ので満足しろよな」
不公平へと不満を漏らす。そんな俺を村雨が、いまいちピンときていない目で見ていた。ぼんやりとした視線が俺へと注がれる。暫くして何かに気付いたのか、面倒臭そうに村雨が返した。
「私のアイスが欲しいなら勝手に食べればいいだろう」
一瞬呆気に取られ、すぐに呆れと感心が同時に込み上げてきた。
確かに不公平だとは思っていた。だが欲しかった訳じゃない。いや、欲しかったのだろうか。途端、自分がどう思っていたのか分からなくなる。確かにあるのは、不満を抱えていた、ということだけ。
「あなたが欲しい分だけ持っていけ」
「あ……いや」
図々しいとか、そういう問題じゃない。ある意味、自分がちっぽけに思えてくる。そんなおおらかさだ。見習いたいかどうかは別だが、清々しくはある。
「別に、そういう話じゃねえって」
「なら、なんだ」
返答に困り、口を結んで黙ってしまう。
欲しかったのかもしれないし、奪われるのが我慢ならなかっただけな気もするし、どちらでもなかった気さえしてくる。暑さの所為か、思考がどんどん膨張していき、端から蒸発するように霧散して消えていく。不公平だと、俺は何に対して感じていたのだろうか。
いらんのなら食うぞ、と村雨がスプーンで自分のアイスを削る。村雨のアイスは俺のアイスまで食っていると云うのにどうしてか、俺より減るのが早かった。逡巡し、結局、スプーンを伸ばして一口、村雨のチョコアイスを貰った。
溶けかけのアイスを口に入れる。アイスはすぐに溶け、強烈な甘さだけを残し、消えた。
「……甘えな」
「口に合わんか?」
「いや、うめえよ」
「そうか」
「チョコとか、久々に食ったなと思ってよ」
甘い、と頭の中で反芻し、もう一度「甘い」と口に出してみる。俺が注文したパインやイチゴとは全然違う。寧ろ、こちらは甘さよりも酸っぱさの方が勝っている。
さっきまでは甘いアイスだと思っていたのに村雨からチョコを貰った途端、全然甘くないと感じ始めていた。たった一口だったのに、味覚が違うモノへと変わってしまっている。
「バニラも食べるか?」
村雨が親切にも自分のアイスを差し出してくる。泥棒してまでハムを食うくせに、分け与える事に躊躇がない。いや、それは俺に対してだけなのかもしれないけど。
「……いや、いいわ。なんか、甘すぎるしな」
「そうか」
村雨がそう答え、俺のアイスを削って口へと運んだ。
俺は、今度は不公平さも不満も抱えることなく、削られたアイスの行先を見送った。