お題「おねだり」
テーブルの上に豪奢なワンホールケーキが置かれる。まだ切り分けられていない完璧な円は、純白の生クリームを纏い宝石のようなイチゴやマスカットが飾り付けられていた。美しく調律の取れたケーキを挟んで私の向かいで、腰に手をあて胸を張った獅子神が自信満々と言った表情で立っている。大型犬、例えばゴールデンレトリバーだとか、そういった犬がまるで主人のオーダーを完璧に応えてみせた時のような、そんな男に呆れ、次に擽られたような、じっとしていられない気持ちになった。
「随分と手の込んだケーキだ。綺麗に仕上げられている」
私の言葉が物足りなかったのか、獅子神が「ああ」と気のない返事をし「誕生日だろ」と続けた。
「天堂がな。それも随分と先の話だが」
「まあ、デモンストレーションみたいなもんだし」
「必要か? あの男に」
「完璧じゃねえと煩えだろ、あいつ」
「勝手に言わせておけばいい」
そう答えながらキメの細かい生クリームの出来具合をチェックしようと手を伸ばしたが、目敏い獅子神によって阻止されてしまった。
「待てって」
掴まれた手首から視線を上げ、獅子神の顔を見る。
「恨みがましい目で見てんじゃねえよ。切り分けてやっから、ちょっとは待てよ」
伸ばしていた手を引っ込め、獅子神の言葉に倣い大人しく待つ事にした。
真円にナイフが真っ直ぐ、すっと通っていく。余分なクリームを落とし、再度、半円にナイフが通る。そうやって切り分けられたケーキが皿に移され、私の前へと差し出された。すかさずフォークと飲み物も置かれる。
「ほら」
獅子神を見上げる。何か言いたげだが、言おうとしない。
「……」
「なんだよ」
「手の込んだケーキ、は、褒め言葉のつもりだった」
「は?」
意味不明、と獅子神が首を傾げ、それから頬にサッと赤が差し狼狽え始めた。
「いや、別に」
「褒めて欲しそうにしていたが」
「改めて言葉にすんなって」
「よく分からんな……」
「褒めて欲しいっつうか、感謝しろって話だ。いつも作ってやってんだからよ」
「いつも感謝している。私は、あなたの作るモノ全てが旨いと思っているからな」
「いや、まあ、ああ……ありがとな」
私の言葉の何かがズレているのか、獅子神の反応はいまいち鈍い。
「あなたは……難しいな」
あのなあ、と獅子神が呆れた顔をみせる。
「あなたは褒められたがっているように見えた」
確かに褒めて欲しそうにしていたのに、言葉にすると獅子神の感情が変わる。それは歓喜ではなく、困惑に近い色をして。
皿を回し、切り分けられたケーキの美しい断面を見る。スポンジ生地とクリーム、フルーツによって地層のように重なる断面は、見た目同様に完璧な調律がなされていた。
「……褒めて欲しかったんじゃなくてよ、その、あるだろ。こう、なんつうか、頑張りに対しての応酬ってのがよ」
全く共感できない私に獅子神がもっと呆れる。それから、まあオメーに言っても仕方ねえか、と早々に匙を投げてしまった。投げられた匙は、私の心にコツンと当たってしまった。対抗心、という名前の心に。
「なら、あなたが私に教えてくれればいいだろう」
「は?」
展開に半歩ついてこれていない獅子神が訝しむように眉を寄せる。
「なにを」
「あなたの言う、頑張りに対する応酬、とやらだ。ソレをあなたが直接、私に教えれば早い話だと思わんか」
「めっ」
「面倒臭がるな。そもそも、あなたから言い出した話だろう」
「言葉の先を読んでんじゃねえよ」
「私は、あなたに応えてみせたい。完璧に」
切り分けられたケーキから視線を外し、また獅子神を見上げる。眉根を寄せ煩わしそうにした獅子神が「殊勝なこと言いやがって」と笑った。
「なら頼めよ」
「頼む?」
「ご教授くださいって、おねだりしてくれたらいいぜ」
「それは強請る言葉じゃない」
「細けえ事はいいんだって」
「……ごっこ遊びに付き合うつもりはないが」
だが、と無防備な獅子神の手を掴み、引き寄せる。驚いた獅子神が私を凝視し、姿勢を僅かだが崩した。
「ご教授いただければ助かる、獅子神先生」
「……なにがごっこ遊びだ、アホ。ノリノリじゃねえかよ」
掴んでいた手を雑に振り払われる。だが腕を組み直し姿勢を戻した獅子神は、まんざらでもなさそうだった。
「おねだりに応えてやるのも年上の務めだ」
「人の気持ち分かってねえくせに年上ぶってんじゃねえって」