お題「雪」「クリスマス」


 例えば。
 そう、これは例えばの話だ。
 つまり全て空想で、作り話だってことが言いたい。
 で、例えば、だ。そこは小さな木造アパートの、暖房もない四畳半の一室だ。視界に映る家具はどれひとつとして綺麗ではなく、埃が薄っすらと積もっている。ゴミ屋敷って呼べるほど荒れてはないが片付けられてもなく、菓子の袋や酒の空缶が畳の床に転がっている。そんな自分の家に、家とも呼びたくないが、とにかく掃き溜めのような場所へ帰るべく雪の降る帰路を歩いていた。天気のいい、寒い日だった。午前中までは、だったが。朝は快晴だったというのに正午を過ぎてから雲行きが怪しくなり、五限目が終わる頃には雪が降り始めていて。同級生たちはみんな当たり前のように傘を差して帰っている。傘なら俺だって持っていた。だけど間が悪いことに朝の空を見て今日の天気を予想したから、だから家へ置いてきてしまったのだ。俺の家にはテレビがないから天気予報を確認する習慣もない。その所為で俺だけが馬鹿みたいに雪を頭に乗せ、寒さに身を強張らせながらとぼとぼと歩いて帰っている。鍵のかかっていない家へと帰る前、隣に住むおっさん家の、ドアポストへ暴力的に押し込まれていた新聞紙を拝借した。雪が降るような日のボロ畳は冷た過ぎて歩くことすら億劫なことと、新聞紙が案外暖かく防寒に適していることを、短い人生で嫌という程知っていたからだ。鍵のかかっていない戸を開け、背負っていたランドセルを投げ捨てれば、押入れの中に新聞紙を敷いて家中の布を掻き集めた。押入れの中、新聞紙の上に大きな布の塊を作り、その中で膝を抱えるように体を丸める。雪が葉を叩き、葉末から雫が滴る音が、耳を塞いでいても聞こえた。じっと、まるで冬眠するみたいに沈黙する。ひたすら、ただ、早く雪が止むように、と。明日、雪が積もっていなかったら、雪が降っていなかったら、隣町の図書館へ行こう。あそこなら暖房が効いていて凍え死ぬ思いをしなくてすむ。朝早くから行けば席も確保できるはずだ。昼食は、まあ、いつも通り摂らなくったって死にやしないだろう。って、これじゃあ作り話じゃなくて現実みたいだ。いや、最悪なことに、もう白状してしまうけど、これは正しく現実だ。この最低最悪は紛れもない俺の現実だった。認める。だから早く、こんなクソッタレな雪をどうにかしてくれ、頼むから。
 
 
* * *

 
「雪だな」
「え?」
 村雨の言葉に顔を上げれば、真っ黒な夜空に白い埃みたいなのがフワフワと散っていた。ああ、確かに雪だ。
「マジかよ、ついてねえな」
 手に持っていた買い物袋を抱え直し、空いた手でスマホのロック画面を開く。画面をスライドさせ天気予報を確認すれば通り雨ならぬ通り雪、と呼ぶべきなのか、とにかく今より酷い天気にはならなさそうだった。
 帰り道だった。
 いつもの如く真経津たちと集まり、馬鹿みたいにテンションの高い天堂が指揮の元、クリスマス会なんて催しをしていて。馬鹿騒ぎのやりたい放題なパーティーは俺が予想していた通り早々にガス切れを起こした。つまり、自分勝手な男たちによって飲み食いできるモンが無くなった、という訳だ。それで仕方なくジャンケンで負けた俺と村雨で買い出しに行っていた。
 で、その帰り、だ。雪が降ってきやがった。
「急いで帰ろうぜ」
 スマホを上着のポケットへと突っ込み、また荷物を抱え直す。
 ふと周りを見渡せば、街には浮かれた二人組で溢れていた。当たり前だ。今日はクリスマスで、雪が降る今の状況はいわゆるホワイトクリスマスと呼ばれる光景なのだから。街が浮かれるのも無理からぬことだ。
 だけど俺の気分は墜落するように急降下で落ちていた。
「雪は好かんな」
 一瞬、自分の声だと錯覚した。隣へと視線をやれば、怯えた亀のように首を竦める村雨がいた。マフラーのない無防備な首が寒そうだ。
「寒くてかなわん」
「まあ、オメーはマフラーしてねえしな」
「選択を間違えたようだ」
「マフラー、俺の巻くか?」
 俺の提案に村雨は首を横へと振った。ちょっとだけ寂しく思ったが、マフラーに掛けていた手を引っ込める。
「獅子神」
 名前を呼ばれ、声の方へと振り向く。仏頂面の村雨が俺をまっすぐに見ていて、ほんの僅かだが緊張する。だが村雨は、そんな俺に構わず背後を指差した。
「あそこのカフェに寄って帰るぞ」
「……は?」
 予想していなかった提案に、思わず間の抜けた声が出る。指の先を目で追えば確かにカフェがあった。だが、どうして、寄り道を?
「村雨、その、寄り道なんかしてる場合かよ」
「マヌケ。逆に訊くが、どうして私が寒いのを我慢してマヌケ共の為に働かなければならない。マヌケ共が腹を空かすのは横暴を働いたが故の道理だ」
「いや、オメーも食ってただろ。つまみ食いまでして」
「過去の事をいつまで言っている。あなたは、そこまで狭量だったか?」
「わかったって」
 強引に話を切り、降参、とばかりに片手を上げた。
「わかればいい」
「納得はしてねーけどな……」
 満足気な村雨がくるりと体を反転させ、スタスタと歩き始めた。目線の先には村雨が指差したカフェがある。村雨はもう、どう説得してもカフェに寄って暖をとる気らしい。
「マヌケ、さっさと私について来い」
 振り返った村雨が大声で言った。まるで当たり前のように。
 ふと、さっきから躊躇っている自分が居ることに気付く。途端、苦々しい記憶が俺の心を撫でた。息を潜め、寒さも惨めさも我慢し続ける、幼い自分の姿をした苦々しい記憶が。
「……なあ、村雨」
「なんだ」
「こういうのって、アリなんだよな」
「なんの話だ」
「寒かったら、帰んのやめて、道草食って帰るってヤツ」
 一瞬、意味が理解できなかったのか、村雨が黙る。だがすぐ、どうしてか自信満々な顔で言った。
「当たり前だ。なぜ私が我慢しなければならない?」
 あまりにも堂々とした態度に、まるで偉業を成し遂げたような、そんな男を前につい吹き出してしまった。オマエは我慢しなさすぎなんだって。
「何を笑っている、獅子神」
「悪い、なんか、楽しくなっちまって」
「なにを企んでいるのか知らんが、さっさと行くぞ。雪は好かんからな」
「へい、へい」


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