お題「メール」


 朝、目が覚めてすぐ携帯を確認すればメールが十件も来ていた。全て同じ相手で、送り主は村雨礼二だった。
「……送りすぎだろ」
 普段はメールどころか電話すら寄越さないクセに。いったい、どういう風の吹き回しだろうか。
 ベッドの中で寝転んだまま、行儀良く連なるメール群を寝惚け眼で眺める。件名は空欄で、どんな内容なのかは開封してみないと分からない。なんだか雑だな、と感じた。
 だがすぐ、なにか緊急事態が起きたのではと思い始め、急かされるように最新のメールから中を開いていった。
「……なんだこれ」
 焦っていた心に肩透かしを食らう。俺の心配は杞憂に終わったらしい。
 村雨からのメールの内容はただの世間話ばかりで、珍しく夜勤の仕事が少なく、暇を持て余していたので送ってきただけのようだ。村雨らしくない時間の使い方だな、と怪しんだが不意に一昨日の夜を思い出した。
 そうだ、俺は村雨に怒ったのだ。
 メールを送ったら返信しろ、と。勿論、これは返信じゃない。一方的に送られて来たメールだ。けれど村雨なりに反省した結果の行動なのだろう。
 メールを近い時間から順に読んでいく。好きな肉の焼き加減だとか、今ある仕事のスケジュールだとか、たわいもない世間話が短い文章で綴られていた。
 どれかひとつに返信してやろう。そう考えていた時だった。携帯が音を鳴らして受信を知らせた。メールボックスの最上部に未開封のメールが更新される。送り先は見なくても分かっている。村雨だ。メールを開封し、一行しかない文章に目を通した。
「……はあ?」
 メールを読んだ俺は呆気にとられ、次の瞬間、寝室の窓を勢いよく開き、身を乗り出して玄関前を見た。
「……なにやってんだよ、村雨!」
 玄関前に立っていた男が俺の大声に片手を上げて応じた。村雨だ。村雨がどうしてか、俺ん家の玄関前に居る。携帯を握りしめながら真顔で俺を見上げ、なにを訴えるでもなく突っ立っている。朝の外気は鼻が痛くなるほど冷たく、互いの吐く息が白く立体的だ。
「アイツ、なにやって……」
 先ほど受信したメールには「今あなたの家の前にいる」という内容が書かれていた。唐突すぎる。相変わらず予測不能で、滅茶苦茶な男だ。
「オメーなあ、来るなら前もって連絡しろって!」
 村雨が片手をヒラヒラと振る。それから「さっさと開けろ」と言わんばかりに扉を指差した。どうやら声を出す気力は、あの男には残っていないらしい。
「……ったく、寝起きだっていうのによ」
 呆れたが、可笑しくもあった。いつも皮肉を言うクセして、なぜか妙なところで他人を信じている。そんな男の姿が可笑しかった。
 俺が起きていなかったら村雨はどうする気だったんだろうか。勿論、インターフォンは目が覚めるような音量ではないし、家の裏を回ったって入れる場所はない。我慢強い男ではないのだから待つなんて事は考えてないだろう。それに村雨は仕事終わりの体だ。さっさと何処かで休みたいはず。なのに無計画にも俺の家へやって来た。俺が起きていると、そう信じて来たのだろうか。やっぱり変な男だ。
 村雨は今、鼻頭を赤く染め携帯を片手に突っ立っている。感情の読み取れぬ顔で、唐突なメールだけを寄越して、俺が家に入れてくれると信じて。
「……開けてやっから、ちょっと待ってろ!」
 俺の声に村雨は、一度だけ頷いて応えた。よく見れば顔に血の気はなく人形の様に真っ白だ。いつもより暇だったとはいえ、仕事は仕事、という事なんだろう。心なしか目の隈もいつもより濃く見える。
「……はあ。しゃーねえな、労ってやるか」
 ベッドの端に放っていたカーディガンを掴み、肩に軽く羽織る。夜勤明けの村雨はいつもの倍食うのだ。ちゃんとした物を作ってやらないと、だ。
 寝室を出て階段を降りる。メールのたわいもない世間話を反芻しながら、村雨とまずなんの話をするか考えた。


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