嗚呼、憧れの西瓜割り
「右だ、右!」
「もう少し的確な指示を出したらどうだ、マヌケ!」
「だから右に半歩だっつってんだろ、アホ!」
「右に半歩の指示が漠然とし過ぎている、と言っているのがわからんか、大マヌケ!」
「テメーの動きがぎこちねえから大雑把に言ってやってんだろ!」
「私のどこがぎこちないだと!?」
村雨が文句を言えば、すかさず獅子神が噛み付く。二人が言い争う声は庭に響き、もしかすると近所迷惑にまでなっているかもしれない。だが二人の諍いは止まることを知らなかった。
時間は少し前まで遡る。
昼食を終え、二人で偶の休日をぼんやりと過ごしていた時間まで。
ことの発端は獅子神であった。ポツリ、と「スイカ割りか」なんて意図が不明の発言を零し、それを村雨が拾ったのだ。
「なんのことだ」
周りを見回すが、スイカというワードを拾えそうな要素も、ましてやスイカ割りなんて案が出そうな情景もない。あるのはただ、都内にオープンしたばかりのショッピングモールを紹介するだけの、つまらないバラエティ番組と二人でつまんでいた(殆ど村雨がつまんでいた)ポテトチップスだけ。ただそれだけだった。
「あ、いや、なんでもねえ」
「割りたいのか、スイカを」
「スイカは切るモンだろ」
それもそうだな、と納得した村雨はポテトチップスを一枚、口へと運んだ。ぱり、と軽やかな音が、しょっぱい味と共に舌を楽しませる。もう一枚、と手を伸ばしたと同時に獅子神が、今度ははっきりと言葉にした。
「その、なんだ。朝、園田たちと喋ってたんだよな」
喋っていたのか、と村雨が言葉をなぞり返す。
「いや、憧れがあんだよ、その、スイカ割りっつーか、そういうイベント」
「イベント?」
そんな狂気としか思えないイベントがあるのか、と村雨の中で引っかかったが、すぐに「家族や友達とやるような遊び」を指しているのだと気がついた。そして、遥か昔に自分もそのイベントやらに参加した記憶があることも思い出した。
「……それほど面白いものでもないと思うが」
「……は、え?」
「なんだ、その顔は。幽霊でも見たような顔をして」
「いや、オメー、え、意外っつうか、似合わねえっていうか」
「失礼だな、あなたは」
汗をかき過ぎてテーブルをひたひたに濡らしているグラスを手繰り寄せ、村雨は麦茶を一気に呷った。
「言っておくが、重いスイカを浜辺までわざわざ持って行ったのは父だし、野蛮人のように棒を振り回していたのは兄貴のほうだ。私と母は、そんな二人をただ見ていたに過ぎない」
「楽しそうだな、オメーんとこ」
「騒がしい人たちではあったな」
へえ、と獅子神が返す。その声はなんとも表現できない、少し寂しさの残る声音だった。村雨はあえて気づかないフリをし、変わりに「やりたいのか」と提案してみた。
そして、冒頭に戻る。
つまるところ、二人は遊んでいたのだ。
わざわざスーパーまで赴き、ひと玉、色艶の良いスイカを買ってまで。庭にスイカを配置し、村雨が外の熱気で倒れないよう水まで撒いて。はしゃぐ姿を(結果的にしゃぐことはなかったが)誰にも見られぬよう、雑用係たちに暇までだして、だ。
だが二人には考慮が足りなかった。遊ぶことに慣れていない大人にとって、スイカ割りという遊びが難度の高い遊戯なのだという事を。スイカ割りなどという、ただ目隠しをし、素人の指示に従って棒を振り回し、その果てに得られる結果がスイカを割っただの割ってないなどという、逆立ちしたって面白くないゲームなのだという真実を。
「……獅子神」
最初に飽きたのは村雨であった。
「……まあ、その、わかるぜ。村雨」
同じく飽きていた獅子神が、村雨の言わんとする言葉の先を汲む。
「スイカ、切ってやるから中で食おうぜ」
「そうだな」
目隠しを雑に外した村雨が、持っていた棒で肩を叩きながら獅子神の元へと帰ってくる。足取りは疲れ切っており、フラフラと頼りない。ただ暗闇のなか棒を振り回しただけだというのに幾つか年をとったようだった。
「スイカを食べる時は砂糖が必要だ」
「塩じゃなくてかよ?」
「それは迷信だ、マヌケ」
「迷信ですらねえ砂糖はなんなんだよ」