どちらの手に握られているのか


 コインマジックの一つにスコッチ・アンド・ソーダというものがある。
 異なる二枚のコインを使うこのマジックは、タネを明かすと簡単だ。コインに元々細工が施されている。二枚のコインを重ねると、仕掛けが作動し、コインの中にコインが格納される。そうすると、一枚のコインになるのだ。
 このコインを使ったマジックにはアレンジが沢山あるが、一番スタンダードなのはこれだろう。二枚の異なるコインを客に握らせ、握らせるフリをしながらコインの仕掛けを動かして一枚のコインに変えてしまう。その隙にもう一枚、異なるコインを握らせてしまい、客に確認させる時には片方だけが違うコインへと変わっている、というもの。つまり物質が異なる物質へと変わる、変化マジックだ。
 と、文章で説明してしまうと難しく感じるかもしれない。だが実際にやってみると簡単だ。客にコインを握らせ、握らせるフリをしながら仕掛けを作動させ、その隙にもう一枚別のコインを握らせる。これをただ素早く行うだけ。それだけのマジックだ。
 無垢な大人や子供にはウケがいいこのマジックを、披露する機会はあまりない。というより、その労力を割いてやる相手が私にとってはかなり限られている。つまり、兄の子供にしか披露していなかった。
 披露と言ってもただ、子守を任された時間を出来るだけ労力をかけず潰すために使うだけで、わざわざ見せてやるほどのモノではなかった。片手で数える程しかない時間潰しの遊びで、たまたまこのマジックが兄の子供のお気に召していただけ。私にとってはただそれだけの価値しかない。
 それを、獅子神にも見せてやった。経緯は単純で、財布に入れていたコインが落ち、それを獅子神が拾った。ただ、それだけだ。
 それだけだったが、私の予想と違い獅子神は驚くほど食いついてきた。
「……もう一回見せてくれ」
「面倒臭いので種明かしをしていいか?」
「待てよ、まだ考える……」
「ネットで検索しろ、マヌケ」
 あなたの持っているスマホは何の為にある、と煽りを含めて言ってやったが、獅子神はそんな安い煽りに食いつく事はなく、真剣な面持ちで考え込み始めた。そんな様子に呆れたが、構わず喋らせてもらう。獅子神の好奇心と同じく、私の時間も尊重されるべきだからだ。
「これはだな、コインに」
「待てよ、考えるって言っただろ!」
「二枚のコインを重ねた時に」
「待てって!」
 溜め息をひとつ。それから、獅子神の手を掴み、無理矢理にコインを握らせてやる。
「子供の我儘に付き合ってやるほど私は暇じゃない」
「ならテメーは自分ん家に帰れよな」
 帰れ、と言われ、帰る気のない私は、無駄にでかいソファーの背へ全体重を預けて凭れた。出されていた紅茶へも口をつけ、しばらく続いていた仕事の疲れを忘れようと目を瞑る。
「おい、寝てんじゃねえ、村雨」
「あなたはそこで延々と考えていればいい」
「バカにしてんじゃねえよ」
 バカにしている訳ではなかった。というより、折角家まで来て会っているのだから、そんなモノに注目し続けてほしくなかった。久々に会えたというのに。手品より私の人間性の方が面白いに決まっているだろうが。
「獅子神」
「……んだよ」
 手の中のコインに視線を向けながら、獅子神が答える。態度が悪いとは思わないのか。
「私に構え」
 深い藍色が、横目に私を確認し、また視線を落とす。
「ちゃんと飯食ってねえだろ、オメー」
「三食しっかり食べているが」
「じゃあ寝てねえか、運動不足だな」
「そう思うなら客人を持て成したらどうだ」
「テメーは客人じゃねえって。あと寝不足と運動不足の客人って、どうやって持て成すんだよ」
 そう文句を言うが、獅子神はコインをローテーブルへと置き、腕を広げて私の上へと覆い被さった。
「ほら、構ってやってんぞ」
「雑過ぎる」
「一々、文句が多いんだよ、テメーは」
 眉間に皺を寄せる獅子神の襟ぐりを掴み、無理矢理に引き寄せてキスをした。私を放ったらかしにした挙句、ぶつぶつと文句を続けていた口が大人しくなる。しおらしい態度に気を良くした私は、もっと深く繋がりを得ようと、金髪の頭に手を這わす。間が薄くなり、互いの熱が自身のように感じた。吐息までもが、熱い。
 コン、と重い音がした。視線を音の方に向ける。コインが、鈍い光を湛えて床に落ちていた。手を伸ばし、それを拾い上げる。
「……仕掛けが気になるなら、あなたにやるが」
「あ?」
 キョトン、とした顔の獅子神がコインを見、それから「ああ」と理解する。
「いや、別にいいわ」
 なぜだ、と思わず突っ込んでしまった。さっきまで子供のように興味津々だった癖して。
「もう飽きたのか」
「ち、ちげーよ!」
「では、何故だ」
 子供の気まぐれだとしか思えない態度の変わりように首を傾げる。しかし獅子神は、どうしてか顔を赤くしていた。
「あなたの言葉と態度がチグハグなんだが……」
「いいだろ、別に……」
 手にしていたコインをローテーブルへと置き、無防備だった獅子神の手に手を重ね、人差し指、中指、薬指と順に指を絡めていく。
「話さないと、このまま私もあなたの手を離さないが」
「親父ギャグかよ……」
 ふ、と不敵に笑ってやれば、獅子神は少し引いた顔をした。一々、態度の悪い男だ。私の指が絡みついたまま、獅子神が指に力を入れてみたり、手を振ってみせる。しかし私が全然手を離さないものだから、降参とばかりにボソボソと白状し始めた。
「あー、その、だな。自分でやりてえとかじゃねえんだよ……」
 黙って頷けば、視線を彷徨わせる獅子神が続ける。
「……他人がやってんの見てた方が、面白いだろ」
「……は」
 一拍、間。それから、つまり、と聞き返した。
「あなたは私が披露したから興味があった、という事か」
 くそ、悪いかよ、と赤面した獅子神が悪態をつく。一体全体どこに恥ずかしさを感じているのか、正直言って私には分からなかったが、悪くない気はした。
「あなたが望むなら何度だってやってみせるが」
「さっきは全然、やってくんなかっただろ」
「気が変わった」
「……あっそ」
 手は繋いだまま、とん、と私の胸の上で獅子神が顔を伏せる。なんだか、甘えるのが下手な子供のようだな、と思った。顔は伏せたまま、獅子神が唸るように声を出した。
「じゃ、今度、また見せろよ……」
 獅子神の背を撫で、軽く抱きしめた。私の上で獅子神が「子供扱いすんじゃねえ」と、ちょっとだけ怒った。


top / main