おめざめ


 体に掛かる重みで目が覚めた。視界には真っ白なシーツだけ。どうやら、自分はうつ伏せで寝ていたようだ。
 上に掛かる重みを退けるように身を起こすが、腹に回った手がしっかり俺の体を抱きしめている。その所為で退かすことができないどころか、離れることすらできなくなっていた。寝ているからか、背に感じる体温が高い。もう一度、今度は背後に手を回し、重みの原因である男の肩を押してやる。が、腹に回った手は強固になるだけで離れようとしなかった。
「……起きてんだろ」
「起きている、といえば確かに起きている」
「起きてんだな」
 じゃあ離せ、と掴む手を叩くが、離れる気配はない。
 諦めて二度寝、とも思ったが、頭はすっかり冴えている。こういう時はランニングなんかで体を動かしたいのだけど。もう一度、俺の体を抱きしめる手を叩いてやった。
「獅子神、寝かせろ……」
 俺の背中に顔を押し付けているのか、くぐもった低い声で返される。
「じゃあ離せよ」
「あなたも寝ればいい」
「いや俺を巻き込むなって」
 もう一度、嗜めるように手を叩くと二度寝を諦めたのか、強く結ばれていた拘束が解かれた。自分とは違う体温が背中から離れる。少しだけ肌寒く感じ、腕をさすった。
「ほら、起きろって」
 ベッドの上に座り直し、寝ぼけている男、もとい村雨の顔を覗き込む。眼鏡が無い所為か、いつもより目つきが悪い。困り眉を寄せ、眉間に皺を作った村雨が文句を垂れる。
「眠い」
「別に遅くまで起きてたわけじゃねえだろうが」
 不満を隠そうともしない目が俺をじっと見つめ、薄い唇がゆっくりと動いた。
「わからんか、マヌケ」
「はあ⁉」
 突然の罵倒に聞き捨てならず聞き返す。が、村雨は寝返りを打って背を向けてしまった。
「おい、どういう意味だ」
「そのままの意味だ。マヌケめ」
「ちゃんと説明しろって」
「……」
 背を向ける肩を揺するが、すっかりヘソを曲げてしまった男はふり返ろうともしない。どうしたものか。
「……村雨」
「……」
「好きなもん作ってやるから、何が食べたい?」
 反応は思っていたよりも早かった。くるり、と不機嫌な顔がこちらを向く。それから、また文句。
「そういう意味じゃない」
 じゃあどういう意味だよ、と聞き返す前に村雨が「だが」と続けた。聞き漏らさないように少しだけ、不機嫌な顔に耳を近づけてやる。
「今日はあなたの案に乗ってやってもいい。ステーキを焼け」
 マッシュポテトも付けろ、と遠慮を知らない男が無遠慮に注文を寄越してきた。そもそも、さっきまで眠たいと駄々を捏ねていた癖によく食えるな。
 そこで漸く、村雨の意味とやらを理解した。
「……テメーは甘え方が可愛くねえんだよ」
 そう注意してやれば、サイドテーブルに置いていた眼鏡を手にした村雨が、フン、と鼻を鳴らした。骨ばった手が眼鏡を掛け、前髪を一度だけ掻き上げる。薄いレンズ越しに目つきの悪い双眸が、こちらをチラリと見た。
「何のことやら、わからんな」
 そう言うと村雨は、さっきまで眠い眠いと文句を言っていた癖に、俺を置いてさっさと寝室を出ていってしまった。自分から求めておいて、図星を指されると居心地が悪いらしい。
 可愛くない態度に呆れつつも、また今度甘やかせてやればいいかと思い直し、今度こそ俺もベッドから抜け出た。


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