苺のショートケーキ
「それ、食っていいぞ」
そう声を掛けられ、村雨は獅子神を見、手元のケーキを見、そしてまた獅子神を見た。手元のケーキはついさっき、獅子神邸の冷蔵庫から無断で持ち去ろうとした物だ。
いつもであれば「勝手に漁ってんじゃねえよ」と、村雨の手癖の悪さを獅子神が怒るのだが。今日の獅子神は怒る気配すらない。それどころか、紅茶か珈琲でも淹れてやろうか、なんて気遣いも見せるものだから、村雨は鉄仮面の下でほんの少し困惑した。
「このケーキは」
村雨がケーキを目の高さまで持ち上げ、細部まで観察しながら呟いた。ラップが被せられたケーキ越しに、獅子神の目立つ金髪頭を捉える。乱れひとつなく整えられた髪は良好な生活をおくっているのだと分かる。まじまじと獅子神を見る村雨に、獅子神は殆ど反射的に突っかかった。
「何か不満があるのかよ」
喧嘩腰だったが、どこかじゃれ合いに近い言葉だった。少し間を置き、村雨が答える。
「このケーキは手作りに見える」
村雨の指摘は、ラップされたケーキがシンプルかつ保護用のフィルムが巻かれていた痕跡が無い事からの推理であった。
「手作りに見えるって、手作りだけどよ」
「手作りか」
噛み締めるように「手作り」と繰り返す。それから、しばしの間。
「どういう風の吹き回しだ」
村雨が獅子神を、今度は取り調べをするような厳しい眼差しで見る。その目はいつの間にか、賭場のゲームに興じている時の、鋭い光を灯していた。が、そんな村雨とは正反対に獅子神は溜め息混じりに答える。
「前に真経津ん家で動画撮るっつって俺だけケーキ作った事あったろ。あの後何度か作ってんだよ、ケーキ」
「何故だ?」
「だから……」
獅子神の視線が右に、左に、揺れる。それから、観念した様に続けた。
「あれが、あの時のが、俺の全力だって思われたくないから……だけど」
「……なるほど」
改めて、村雨は手元のケーキに視線をやった。上から見る三角形は手のひら程の大きさだったが、完璧な円から切り取られた形なのだと解る。まわりをコーティングする生クリームはムラがなく、上質な布のようであった。確かに、前に作らせたケーキよりも美味そうに見える。見える、と感じただけで、一体全体前のケーキよりどう良くなったのかまではわからなかったが。
「凝り性のあなたらしい」
「そりゃ、どうも」
「……あなたは食べたのか?」
「糖質制限中だっつーの。まあ、味見ぐらいならしたけどよ」
「勿体ないな。あなたのケーキはなかなか、悪くない」
悪くない、は村雨にとっては上出来という意味を含んだ褒め言葉だ。相変わらずな村雨に呆れつつ獅子神が言葉を返す。
「俺が作った物がそこら辺の店に負ける訳ねえだろ」
半分本気で、半分冗談だ。村雨がふ、と小さく笑う。それに釣られ、獅子神も破顔した。