暇もいとわず


 細く長い指が万年筆を操る。真っ白な紙に四角い印象の綺麗な字が綴られていく。自分の手で直接紙へと字を書いたのは、いつが最後だろう。そう、メモを認める村雨を眺めながら、ぼんやり考えた。
「ほら、メモしてやったぞ」
 村雨によって認められた便箋三枚には、包帯の変え方から薬を使うタイミングなど、事細かなメモが書かれていた。便箋の端にはワンポイントメモまで書かれている。
「取りに来い、マヌケ」
 几帳面な性格がよく出たメモ突き出し、村雨が真経津を呼ぶ。そんな村雨を眺めながら、ついさっきの出来事を思い出していた。ワンヘッドでのギャンブルを終え、満身創痍の体で村雨邸の玄関に現れた真経津のことを。その時の、理解し難い者を見る村雨を。
 来い、と呼ばれたクセに動かない真経津に代わり、俺が村雨のメモを受け取った。メモを丁寧に三つ折りにし、それを封筒へと入れ、濡れてしまわないようジップロックへも入れてやる。
「真経津、テメーの荷物にまとめて入れとくぜ」
「ありがとう、獅子神さん、村雨さん」
 忘れて帰らないよう、真経津に持たせる為のおかずと一緒に紙袋へとまとめて入れた。あの手じゃデリバリーだって頼めないだろうと思い、俺が勝手に用意したおかずだ。エゴを押し付けるのは主義じゃなかったが、気付かないフリも得意じゃなかった。村雨からは、子供じゃないだろ、と釘を差されたが。
「獅子神さん、ボクの家来てよ」
「流石にそこまで面倒見てやらねえよ」
「冗談だよ。獅子神さんが乗ってこないのは分かってたからね」
「じゃあ最初から言うな!」
 そう怒りながら、真経津の髪が乱れていたのに気付き手櫛で整えてやる。ふと、真経津の目が俺を越して向こう側を見ていることに気付く。村雨だ。村雨を見ている。村雨も、俺たちを見ていた。疑問、それから理解、納得、からまた疑問。
 どうしてか、真経津は時々、俺を使って村雨をからかう。
「……オメーな、変なことしてんじゃねえって」
 先程とは違う目をした真経津が俺を見上げる。ガキみたいな目しやがって。
 ぐしゃぐしゃ、と手櫛で整えてやった髪を片手で乱暴に崩してやれば、もうやらないよ、と笑いながら真経津が嘘を吐いた。
「じゃあ、ボク帰るから」
「本当に送らなくていいのかよ」
 包帯でぐるぐる巻きになった手に、おかずとメモが入った紙袋を引っ掛けてやる。
「獅子神さんってお節介だよね」
「テメーな、一言多いんだよ」
 また、ガキみたいな目で真経津が俺を見る。ワンヘッドのギャンブルがどんなモノだったのか俺には分からないが、傷だらけの真経津は以前とは違うように見える、気がした。
「それじゃ、村雨さんありがとね。お陰で来た時よりも楽になったよ」
「そうか、なら良かった」
 村雨がいつもの仏頂面で真経津を送る。送り際、次は必ず予約を入れろ、なんて言葉も付けて。コイツもまた、俺に煩く言うクセして、俺と同じく真経津には甘い。
 小さくなっていく背を見送り、玄関の戸を閉めた。村雨の家に泊まるか自宅へ帰るか、今日はどうするか、なんて考えながら。
 悪癖だな、と俺の隣で低い声が囁いた。振り返れば、村雨が眉間にシワを寄せて立っている。
「何がだよ」
「退屈な時間が、相当嫌いらしい」
「……ああ」
 言葉の指す意味はすぐに理解できた。先程の真経津だ。俺と村雨の事を知っておいて、いや知っているからこそ、時々俺を使って村雨をからかうのだ。悪癖、といえば確かにそうなのかもしれない。退屈な時間が嫌いってのは、的を射ている気がした。
 村雨と真経津のギャンブルがどんなモノだったのか、俺は直接見た訳ではないから知らない。だけど今日の怪我の具合から、真経津は必要とあれば腕の一本や二本、簡単に賭けてしまうんだろう。真経津の、ガキみたいな目を思い出す。無垢で、貪欲で、享楽的な目。やれやれ。メンドくさいダチだな。
「……それで、あなたはワンヘッドへ上がりたいと思っているのか」
 村雨の言葉は質問ではなく、制止のように聞こえた。俺を睨む目から視線を外し、ああ、と考えたフリをする。不意に、紙へと字を綴る村雨が脳裏に過った。他人を心配し、他人に世話を焼く村雨。記憶の片隅に残る綺麗な字を、宙に描く。
「お医者様に怒られたからな」
「……あなたには価値のない所だと、思ったことを素直に言ったまでだ」
 はいはい、そうかよ。そう気怠げに答えたが、悪い気はしていなかった。
 ふと、悪戯心が俺を擽る。村雨、と呼び止めた。
「俺の退屈は誰が満たしてくれるんだよ」
 一瞬、面食らった顔を見せた。それから、すぐに表情が崩れる。
「マヌケめ。なら、先に夕食の仕度をしろ」
「テメーも手伝ってくれんだろうな」
「さあ、どうだろうな」
 お前だって、なんだかんだ言って世話焼きの癖に。
「で、何が食いてえんだよ、テメーは」
 そう声を掛ければ、肉だ、と簡素な答えが返ってきた。それに適当な相槌を打ち、玄関から離れる。先に歩く村雨の背を、俺は小さく駆けて追った。


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