剥製の夢をみる
監禁した。男を。つい最近出会い、深い仲になった人間を。
部屋は四角く、潔癖なまでに白い。家具はベッドだけで、パイプ状のヘッドフレームに手錠を繋げ、男が逃げないようにしている。窓はなく、空調用のダクトがゴオゴオと音を立てているのが煩い。だが煩いダクトのおかげでここが地下なのだと、監禁している男にも嫌というほど理解させている事だろう。
男、もとい獅子神敬一がこちらを見る。目は警戒の色を最大まで強くし、この状況を覆そうと必死に考えているのか、額に汗をかいている。動揺や恐怖を隠すためか、一文字に結んだ唇は力を入れすぎて白くなっていた。だが一歩、私が近づけば獅子神の表情が崩れ、血の気を失った顔に怯えが滲む。別に、とって食う訳ではないのだが。
「危害を加えるつもりはない」
「……この状況でよく言う」
「信用されていないな」
「信用なんて言葉、二度と口にすんじゃねえ」
触れようと手を伸ばせば、動けないというのに獅子神が身を引いた。ガチャガチャ、と手錠の硬い音が騒がしく感じる。
他人は難しいな、と思った。これは幼い時から感じている事だ。他人という存在は複雑で、難しい。
過剰な優しさは不信を生み、過剰な苦痛は憎しみを抱かせる。甘えさせてやれば堕落し、厳しく躾ければ自我を失っていく。ありのままで居て欲しいと願うのは、私の独りよがりなエゴなのだろうか。
話が脱線した。
つまるところ私は、十分に信用されていると踏んで行動に出たのだが、どうやら目論見は甘く不十分だったようで。私を見る獅子神の目は欲しかったカタチではなかった。失敗したな、と肩を落とす。
「仕方がない。剥製にするとしよう」
「……という夢をみた」
「夢でよかった!」
私の隣で獅子神が、寝起きだというのに大きなリアクションをみせる。健康的な生活を心がけている男なので朝から元気なのだろう。私はというと、いたって普通の生活をしているので特別、朝が得意でも不得意でもない。強いていうなら、朝からの大きなリアクションは頭に響く。
「うるさいぞ、獅子神」
「オメーが起き抜けに変な夢の話するからだろ」
「変な夢ではない」
朝陽が差し込む私の寝室で、私たちは目覚めたというのに、朝食の準備も着替える事もせず先ほどまで見ていた夢の話をしていた。
「だいたい、他人を剥製にしようとすんじゃねえよ」
「そうか? 我ながら理にかなったアイデアだと思ったが」
「どこの世界の理だ」
獅子神に肩を小突かれ、自分の夢を注意される。叱られるような夢を見たつもりは無いのだが。
まあ、昔の獅子神であれば私のこんな話を聞いても、嫌な顔だけをし、なにも言わずそのまま会話が終わっていた事だろう。私たちの仲は少しずつだが、深まっているのかもしれない。
「テメーは危なっかしいんだよ」
私の隣で獅子神が、ブツクサと私への文句を続ける。危なっかしいのはあなたの方だと思うが、とは言わなかった。文句は聞き飽きたからだ。
「手術が趣味だとか、鼓膜破れてるのに遊びに行ったりだとか……」
「懐かしいな。覚えているのか」
「忘れる方が難しいだろ。あの時のテメーもなかなか、今みたいにブッ飛んでたからな」
私もしっかりと覚えていた。獅子神に初めて会った日の事だ。マヌケそうな金髪が来たな、なんて思ったのを記憶している。
「ふ、あの時のあなたもなかなか、マヌケだったな」
「本人横にして悪口言ってんじゃねえって」
獅子神の手が、幼い子を叱るように私の鼻を摘む。やめろ、と口だけで抵抗すれば、ははは、と機嫌が良くなったらしい男が歯を見せて笑った。機嫌良く、獅子神が続ける。
「大体な、そんな事しな……」
「なんだ」
「……」
時間が止まった様に、全てが止まった。いや、獅子神の顔だけが真っ赤に染まっていっている。
「何を言いかけた? いや、違う。言いかけた事を全て言え、獅子神」
「察しついてんじゃねえか……」
なんのことだか、と首を傾げれば、羞恥に染まった顔が嫌そうに歪む。
「監禁なんかしなくても、テメーに言われれば一緒にいてやるって、言ってんだよ!」
大体は察していたが、それでも獅子神の言葉は私の脳を揺さぶった。
その素直さに、眩暈がする。この男が私に気を許しているという事実が、ただただ喜ばしい。眩しいと感じた。眩暈がするほど眩しく、愛おしい。剥製にしてしまうには勿体無い感情だ。
「……地下の部屋はいつでも用意しよう」
「いや、だから、危なっかしい事してんじゃねえ!」