乱気流
傲慢な態度をとり、遠慮を知らない物言いをし、老獪な見識を持ち、的確に人を追い詰める。天災のような男だ、と思った。
男はいつだって理解不能だった。我儘を言ってきたかと思えば、興味を失ったかのように何も言わなくなる。振り回されそうになった途端、タイミングを見計らったかのように手を差し伸べ、パズルのピースを埋めてしまうみたいに全てを解決させてしまう。常に頭一個分、人より先を行くがあまり予測や予防は無に帰す。というより、それ自体も計算の内とでもいうような。
村雨という存在は自然現象に近い男だった。
時計の音だけが聞こえるよな、静かな午後だった。暖かい日差しが部屋の中を差し、その光を避けるように村雨と獅子神は座っていた。
眠たかったのかもしれない。外は暖かく、庭には花も咲いていたから。
暇だったのかもしれない。二人が一緒に居ても大抵は何もせず、ただ駄弁っているだけか、互いの事をやっているだけだったから。
理由は様々で、一言で説明できるモノではない。それは常々そうだった。
細く長い指が、読んでいた本を閉じる。暇になった手が伸ばされ、ソファーの縁を掴んだ。頭一個分、村雨が獅子神の方へと身を乗り出す。光を避けて座っていたというのに、獅子神の上には村雨の形に影ができた。
す、と獅子神の鼻から息を吸う音がした。突然の事に驚いたからだ。しかし、抵抗も疑問もなく、静かに目を閉じ先の展開を受け入れた。
まるで呼吸をするような、乱れのない動きだった。
村雨の骨ばった左手が、獅子神の肩を押す。押された体はソファーの背もたれへと軽く沈んだ。互いの匂いが一瞬、混ざる。顔を近づけたからだ。お互いがお互いに相手の匂いを感じ、自分以外の存在を意識した。唇同士が触れ合う。形を確かめるようにそっと、優しい触れ方だった。そうやって触れていた唇は一度離れ、そしてまた触れた。次はもっと深く、舌でなぞり、歯で噛み、唇で喰んで。たっぷり十秒は触れていたが、二人の間に流れる時間は一瞬に思えたのだろう。ゆっくりと、惜しむように銀糸を引いて離れる。
「……溜まってんのか?」
「さあな」
片口角を上げて笑う獅子神に、村雨は感情の見えない目を向け答えた。まるで、さっきのキスなんて無かったかのような、そんな表情で。
二人の間に、少し息苦しい沈黙が下りる。そんな沈黙さえ気にしていないのか、村雨は居住まいを正し、閉じていた本を開いた。相変わらずだな、と獅子神が独りごちる。
「相変わらず、何がだ」
本から視線は動かさず、村雨が問う。
「相変わらず、天災みてえだなって」
「訳がわからんな」
「予測不能って事だ」
村雨が本から視線を上げた。眼鏡の薄いレンズ越しに、三白眼気味の目が獅子神を捉える。同時にパタリ、と一行も読まれていない本が閉じられた。
「予測不能、か」
何かを察したらしい獅子神が、村雨の挙動をじっと観察する。
「天災だと思うなら、諦めた方が身の為だぞ」
やることの無くなった手がもう一度、獅子神に触れた。リプレイしたかのように、決められた動作のように、二人はまたキスをした。
「……予測不能なら、ただ受け入れろ」
傲慢とも思える村雨の物言いに、獅子神は怒ったように眉根を寄せる。
「……受け入れてんだろーが」
返された言葉に、村雨の目が少しだけ驚いたように見開き、それから微笑むように細められた。
「私は当分、手放す気はないぞ」
「……やっぱ、オメー溜まってんだろ」
今度は声を出して村雨が笑う。
「そうなら、どうする」
「知らねーよ」
「なら、好きにさせてもらうとしよう」
骨ばった手が、獅子神の体をソファーへと強く押し倒す。押された体はそのまま、ソファーの背もたれからずれて寝そべる形となった。仰向けになった獅子神の上に村雨の影が、墨で塗ったかのように黒々と落ちる。獅子神が見上げれば、視界の半分だけ闇色になった。村雨が覆い被さるように組み敷いたからだ。
「村雨」
獅子神が柔らかく笑った。かと思えば突然、厚みのある手が村雨の胸元を掴み、強く引き寄せた。バランスを失った体が前へと倒れる。
バチン、と大きな音が部屋に響く。人を殴ったような、そんな乾いた音だった。それはまるで、暴力のようなキスだった。
「……っ」
痛みに村雨が呻けば、唇から血を流した獅子神が不敵に笑う。
「ハッ、好きにさせるわけねーだろ」
他人の血がついた口を、村雨は自身の袖口で雑に拭った。さっきまでの、どこかに感情を落っことしたような表情から一転して、その目は影の中でも分かるぐらい爛々としている。
「……煽るな、マヌケ」